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つか。そもそも、スタジオぬえの四名様(「ぬえ」の命名って、そーゆー意味だったんだ。嗚呼、自分は無知だ無知だ)や、ご学友だった河森さん美樹本さん大野木さんらを実名で登場させてる時点で「フィクションであり実在の人物や団体とはうんぬんかんぬんあーたらこーたら」は崩壊してますよ(爆)。
中では、高千穂社長の悪役面がすばらっ。あれ、パンツの中に栓抜きとかメリケンとか隠し持ってる顔だよ♪
河森さんの顎の反り具合もいいなあ。
シーンは少しですが、ダーティペアのモデルである例のお二方が登場するというだけでも読む価値あるかもね。
社長にタメ口とか怒鳴りつけたりもですが、安彦良和さんに教育的指導するとか、あの手塚先生に直角のお辞儀をさせるとか、さすがケイのモデルだけのことはある! すげえ。
細野さんが、ぬえの社員だったというのは、サンデーコミックに収録された『恋のプリズナー』に添えたご本人のお言葉で存じあげてましたが。
マンガ少年がデビューだったとは知りませんでした。そうか、『クラッシャージョウ』のコミカライズだったか。これは失礼しました。いや無知で、お恥ずかしい。
そう。マンガ少年と言うか朝日ソノラマ。あの頃のソノラマは凄かった。
マンガ少年では、手塚先生の『火の鳥』、松本零士さんの『ミライザーバン』、石川賢さん(+辻真先さん)の『聖魔伝』、御厨さと美さんの『NORA』などなどの有名処だけでなく。
ますむらひろしさんや高橋葉介さんを輩出した雑誌でもあるのです(ますむらさんは厳密にはジャンプの手塚賞デビューでガロでも少し活動した経歴がありますが、定着したのはマンガ少年)。
ぶっちゃけ、ますむらさんと葉介さんのお二人を育て上げただけでも、マンガ少年の功績はメガ大きいですよ。
ソノラマ文庫のドル箱タイトル『クラッシャージョウ』の高千穂さんも新進気鋭だったわけですし。
ただソノラマ文庫は、例の鬱鬱鬱な小説版『ヤマト』がねぇ……。まあ、最初期のソノラマ文庫はアニメのノベライズ的レーベルでしたからね。『クラッシャー』は例外中の例外だった。
ソノラマ文庫が本領発揮するのは 80年代に入ってからですね。小説版『ガンダム』とか『ボトムズ外伝』とか『エリアル』とか『D』とか『キマイラ』とかとかとか。90年代でも、SF界の外では失礼ながらメジャーとまでは言えませんが、秋山完さんとか谷山由紀さんとか凄い人々を輩出し続けてました。
ホントに、なんで消えちまったんだ? ソノラマ……。
で、話戻りましての 70年代後半。
説によって違いますが、いちおう『アトム』などの頃を第一次とするなら。
70年代後半は第二次アニメブームとなります。『ヤマト』『ルパン』『ガンダム』ですね。
うん。不思議なことに 70年代前半の永井豪作品群は、アニメブームの時期に入らないんですよね。『マジンガー』『ゲッター』『ハニー』『デビル』と。本当に不思議です。
うん。余談でした。
で、70年代後半は第二次アニメブームと並行して日本における第二次SFブームでもあると個人的には思っています。そう、あの『未知との遭遇』と『スターウォーズ』です。この二つは『ヤマト』の続編である『さらば』にモロ影響を与えましたし、『ガンダム』なんて何から何まで『スターウォーズ』のモロパクです(貶してません、これでも誉めてます)。
こんな凄い時代に、ぬえという凄い集団に揉まれたんですから、元々が才能のあったうえに努力家の細野さんがデビューできないはずがない。
いや、フツーのメンタルなら揉まれて叩かれて結果、潰れてますよ。(;^_^A
凄い時期に凄い人たちと関わりを持てた。
それが細野さんの幸運だったのでしょうね。
一方で、ご家庭の描写には、あるいはフィクションが多いのかもしれません。こればかりは読者としては判断のしようがない。
ただ。
主人公・細納(さいの)の父親氏については、すんごく共感させられるところがありまして。
日頃の不摂生で体を壊し、入退院を繰り返し、医師の指示にも従わずこっそり酒屋で角打ちするわ、栄養管理された食事が不味いと家族に文句を言い続けた挙げ句、内緒で買ったパンを布団のうえで隠れ喰いしてて窒息……。
いや笑えない。ウチの父親と、ほぼ同じルートです(ウチの父の場合は入院中でしたけどね)。
火葬のシーンは、本当にあのとおり。焼き上がったのを見せられて、初めて「死」を突きつけられた感じで。実際には、あれに加えて熱波があるんですよね焼きたてだから。それでダメ押しがくるんだな。あれは本当にきつい。