折りたたむ
冒頭、小鳥のさえずりが響くなか、老人(なぜか、のび太くん似。以降、勝手に「のび翁」と呼ばせていただく♪)と息子夫妻の朝食シーンという一般的な家庭の朝と思わせておきながら。
のび翁の行動は、劇中で老化防止に良いとされる「塩コーヒー」はともかく、食事をかなり残して「保存パック」にするとか、その理由が「冬に備え」るためとか、読者からすれば違和感アリアリ。
住宅地にある自然歩道のシーンも、いろいろと布石になっている。
子供たちがトンボを追いかけているのは、普通に思えるが。
のび翁が立ち眩み(空腹によるもの)を起こしたところを助けたのは、ロボット端末。端末が年齢確認をしたことにも重要な意味がある。ちなみに、のび翁は七十四歳。
ここで合流した友人「吹山くん」とのやりとりで、かなりのことが明らかに。
「二次定年特別延長申し込み書」という台詞から、定年に一次と二次があり、しかも期限がある。
先ほどの端末が年齢確認したことの意味が、これで少し判る。二次定年を過ぎると、倒れても助けてもらえないのであろう。しかも「特別延長」は、かなりの狭き門らしい。
頭の良い読者は、この時点で作品世界の大半を理解できるはず。二次定年より後は社会福祉を受けられず、自前の貯蓄か、あるいは家族などなど誰かに全面的に依存するしか生活する手だてがなくなる。「保存パック」は、ささやかな自衛であり、「冬」とは二次定年の終わりを意味していた。
つまり、国が国民の老後を保障しない社会ということ。
若者の代表として、吹山くんの孫が登場する。
勝手に髪を切ったと父親(吹山くんの息子)に叱られるが、「体制への反抗」だと丸坊主の頭を誇る。
言われてみれば、ここまでの登場人物は禿げ以外すべてが長髪だった。「無髪族」と表現されたこれは、作品掲載当時のヒッピー文化を裏返したものであろうか。とすれば、のび翁が禿げ頭なのにも何らかの意味があるのかもしれない。
のび翁が帰宅して家の庭木に止まっている小鳥を回収して分解修理したり、TVのニュースで環境の汚染や食糧事情の悪化(何と配給制だった!)を伝えていたりと、冒頭のシーンが嘘(実際、朝食シーンにあった小鳥のさえずりは偽物だったワケ)だと読者は嫌でも知らされる。
チャンネルを替えて映った幼児向け番組では「養殖トンボが二百万匹も」放されると、お姉さんが子供たちに語っている。自然歩道のトンボは養殖だった! 景観が目的ではなく、おそらく真意は環境汚染で増えた害虫への対策なのだろうと想像できる。
さらに、この番組で、お姉さんと一緒に子供たちが楽しげに歌うお歌が怖すぎる。
「かわりましょ かわりましょ 2番さんが来たら1ぬけて 3番さんが来たら2もぬけて」
ここで賢明な読者は衝撃を受けるはず。
この歌が子供たちに対する洗脳だという事実に。
ぬける「1」や「2」には「さん」が付かないことにも注目。
「特別延長」の申し込みは、残念ながら落選。
のび翁は諦めきれず区役所へ確認に。そこでは、同じくハズレたのであろう、吹山くんが猛抗議していた。
この抗議で、定年制度が具体的に判明。六十〜七十五歳が二次定年であり、七十五歳までに亡くなった人の分を特別延長の枠に使っている。
職員の態度にブチ切れ、殴りかかろうとする吹山くんを皆で抑えたところに、奈良山首相の緊急声明が全国民に向けて放送される。
曰く。
「一次定年を五十六歳」とし「二次定年を五十七歳から七十二歳まで」とする。
七十三歳以上は、すべての保障を打ち切る。
要するに定年の三年引き下げを宣言したわけで。しかも猶予期間なく即日発効。
七十四歳の、のび翁(と、おそらくは吹山くんも)は首相の声明発表をもって、保障を受ける権利すべてを唐突に剥奪された……。
五十七歳以上の生産人口を国が必要としない、ってのは国家として詰んでいる。そして老人には自主的に働く選択肢すらない。いや、そもそも食糧が配給制なのだから、お金があったところで闇市場にコネがないと終わってる。
美辞麗句を並べて高齢者を讃える首相の言葉が、とにかく空々しいこと。奈良山本人はカネも人脈もあるだろうから二次定年後も生活の心配はないわけだし。
その後、のび翁は気遣う息子夫婦の言葉にも食事を固辞、こだわっていた塩コーヒーすら飲まない。
子供たちが養殖トンボを追いかける自然歩道で、またも立ち眩み。だが、のび翁は、もう救急車すら呼んでもらえない。
合流した吹山くんとともに、やることもなく公園のベンチに座る。周囲は若いカップルだらけ。そこにカノジョを伴って現れた丸坊主の孫が、ベンチを譲れと自分の「おじいちゃん」に笑顔で言う。反体制の無髪族を気取っている孫が何の疑問も持たず政府の思惑どおりの言動を取っていることが、ここでの最重要ポイント(あのお歌を思い出そう)。
孫の仕打ちに怒る吹山くんをなだめて、のび翁はカップルに席を譲る。
「わしらの席は、もうどこにもないのさ」と公園の階段を上る二人の先に、巨大な夕日。
ここで物語は終わる。
もちろん、お判りだろう。
夕日のある方角は西。
そして、老後の保障すべてを失った、のび翁と吹山くんは西に向かって上へと上がってゆく。
すなわち、二人の居場所は西方浄土しかない、と最後のコマは言っている。
やっぱり、この作品が一番怖いわ。
『ソイレント・グリーン』や『ローガンズ・ラン』を思わせる国策だよ。あれらに比べたら、かなり正直で穏やかな愚策ではあるけどね。