偉大なる先人


作 妖之佑

 
 
 
 
 航星日誌、艦内暦2051年6月24日。
 
 地球を発って早、何百年が経ったことだろうか。
 いや、「正確には地球で何百年経ったか」だ。
 亜光速航行を続けている我が“ビエナ・ビスキット”号の船内では、まだ一月しか経過していないのだ。だが、地球ではそれこそ数世紀が経過していることになるのだ。いわゆる“ウラシマ効果”である。いや、あるいは何千、何万年かもしれない。とにかく宇宙は広大なのだ。
 孤独感などない。自ら志願した任務である。
 人類の大宇宙への進出の礎になれるならば本望だ。
 私は、私と同様に崇高な志を胸にして旅立った仲間のことを思った。
 バーナード星系に向かった好青年の李。
 アルファ・ケンタウロスを目指す情熱的才女・ベロニカ。
 役所勤めのリタイア後に第二の人生を求めて志願、根性で過酷な振り落しに耐え抜いたマック爺さんは、M13球状星団だったっけ。
 他にも大勢が旅立った。
 かく言う私はオリオン方面を目指し、航行中である。
 皆、それぞれの方面に向けての親善大使の役割を担っているのである。
 無論、行った先に交渉に値する知的生命体がいる保証はない。単なる科学調査に終わる可能性のほうが高い。それも片道切符の。が、それでも生涯をかけるだけの価値はあると思う。
 運が良ければ航行途中で想定外の相手と出会えるかもしれない。むしろ、それを期待しての親善大使であった。
 
 
 
 航星日誌、艦内暦2051年9月30日。
 
 …………。
 孤独だ。淋しい。
 会話の相手がいないわけではない。
 が、しょせんはプログラムによる仮想人格にすぎない。
 私は今、無性に誰かと話がしたい。
 目的地まで、まだ半分も達していない。
 送り出してくれたスタッフのみんなには申し訳ないが、正直、任務遂行の自信をなくしつつある。
 
 
 
 航星日誌、艦内暦2051年10月9日。
 
「ハッピー・バースデー♪」
 家族の笑顔がモニター一杯に映っている。
 今日は私の誕生日だ。二一回目の。
 出発前にあらかじめセットされていたプログラムが起動、お祝いのメッセージを流した。
 だが、私は無言でスイッチを切った。
 このメッセージをくれた家族は、もういない。いや、その子孫すらどうなっていることか。
 せっかくのスタッフの心遣いも、今の私には苦痛の種にしかならなかった。
 空しかった。
 
 
 
 航星日誌、艦内暦2051年11月13日。
 
 あれは何だ!?
 何かが本船に接近しつつある。このままだと、衝突コースだ!
 隕石だろうか。あるいは彗星?
 いや、待て。そんなはずはない。
 ここはどこの太陽系でもない。星系と星系の間の何もない空間だ。
 それにだ。亜光速航行中の本船から見えるというのは変だ。本船の運動に合わせ、相対速度を調整していることになる。  ならば、自然現象ではありえない。
 とすると……………………。
 
 
『○×△□◇◎……』
「これって、やっぱり通信よね? あーっ、宇宙語翻訳機なんかあればよかったのにぃ」
 私は、ありもしない便利アイテムの名などを口走りながらも、通信内容の分析に専念していた。なにせ、今までは実現するかしないか、それこそ海のものとも山のものともはっきりしなかったことが、目の前で現実となりつつあるのだ。それはもう必死である。
 私がモタモタしているうちに先方が交渉をあきらめたりしたら、それこそ仲間に申し開きできなくなる。
「そうだっ! 忘れてたわ」
 私は思い出した作業を実行に移した。
『1、2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31…………』
 前もって準備されていたコードを送信する。素数の順序立った連続である。これをずっと続けていれば、自然発生したノイズ等でないことが相手に伝わるはずだった。少なくとも宇宙空間を移動するだけの数学・物理の理解があるのなら。
 反応はすぐにあった。物体がこちらの船と併走を始めたのだ。
 おかげで相手の外観がよく見えた。大胆に言ってしまえば“空飛ぶ三葉虫”だ。しかもスケルトン・ピィーンクっ!!
 カラーリングはともかく、飛行物体のモチーフが生物らしいと知り、私は少し安心した。相手の発想が私たち地球人と似かよっていることが判ったからだ。相手の価値観がこちらとかけ離れていたら、どうしようもない。が、これなら交渉も可能だろう。
 あとは言葉の問題だ。ボディ・ランゲジーは通じるだろうか。
 私がそんなことを考えているうちに、空飛ぶ三葉虫から紫のビームが伸びてきた。
「何!?」
 驚く私の目の前で、その紫の光線は“ビエナ・ビスキット”号の船体に達した。
 と。
 船が減速していく。これはあれか? SFで目にする“トラクター・ビーム”というものか!
 ならば心配無用である。言葉の違いなど簡単に克服する技術もお持ちのはずだから。
 やがて停止した二隻の宇宙船。
 ガコン。
 船体が響いた。どうやらドッキング・ベイに、あちら側のベイが接続されたようだ。規格の違いはどうなるのだろう、と心配もしたが、おそらくはこっちは赤ん坊、むこうは立派な大人のはずだから、任せておけばいい。
 ただ、万一、邪な相手だったら嫌だな、というのが唯一の不安である。
 ハッチの開く音、続いて足音。二足歩行とすれば一体のみのようだ。
 私のいる操縦室の手前まで来た。
 コンコン。
「え!?」
 意外にもノック音がしたのに一瞬驚いたが、考えてみれば、これは当然の行為だった。
 少なくともテレパシー能力などがない限り、入室の許可を得るには、これほど確実な方法はない。
 私は、いちおうの用心にと、少し扉からずれた所に位置を取った上で、扉を開くスイッチに触れた。
「!!」
 そこに現われた一体、いや、一人の姿に私の精神は凍りついてしまった。
 
 
   二本足で立つ服を着たゴキブリ。
 
 
 それ以外の表現が思い浮かばなかった。
 足が震えていた。腰も抜けそうだ。
「▽×◇○……」
 ふたたび、あの意味不明な音声が聞こえた。が、無論、今度は肉声である。
 ──困ったなぁ、どーしたら……あ、そか。
「えっと、はじめまして。私は真帆といいます。この船の責任者です」
 ほんの少し沈黙があった。そして──
「はい。解析完了しました。そのままお話しいただいて大丈夫です、真帆さん」
 そう。先方はデータを欲していたのだ。私たちの言語パターンの。
 にしても、驚くべき技術である。
「あの…こっちの環境でも平気なんですね、お体」
 私は思っていることを素直に口にした。
「ええ。我々の身体は適応力が高いのです。それよりも、私の姿がご不快ではありませんか?」
 バレていた。表情のパターンも解析がすんでいるらしい。
「ああ、どうかお気になさらず。こうした異種族同士の初会合では、あたりまえのことですから」
 しかも、気を遣ってもらってしまった。これでは地球側の親善大使として失格である。
「あ、あの。このご縁を大切にしたいと思っています。これからどうぞ、よろしくお願いします」
 こんな高度な相手にかけ引きは無意味だ。
 そう思った私は、ストレートに言った。右手を差し出しながら。
 相手の右の上側の手──ご丁寧にも相手の腕は四本、つまり足を入れれば六肢なのだ──が伸び、私の手を握った。チクチクする感触があったが、思ったほどの不快感ではなかった。
 これからの重用任務に、私の胸は高鳴っていた。

 
 
 
 
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星

 
 2002年9月25日に、ひじりあやさんに進呈したものを、あらためてここに掲載させていただきました。
 エンディングが二つあるのは、どっちにしようか迷った挙げ句に決められなかったからでした(苦笑)。
 
2007.8.7.

 
星

 
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