第2話 女王陛下降臨 (後)
次に気がついた時には、外はすっかり明るくなっていた。
「う…ん」
シロクマの胴体を枕にしていたさくらは、ぼーっとした頭を軽く振った。
「ゆ…め……?」
昨夜の出来事を反芻してみる。だが、どうにも、はっきりとしなかった。
腕時計を見る。寝ぼけまなこにも、オレンジ色の文字盤と太い針ははっきりと映った。
「とにかく、朝ごはんと、それから博士に会わなきゃ」
身を起こし、胸許まで伸びた黒髪にブラシを通す。多少滑りがましになった。とはいえ、本来のサラサラした感触にはほど遠い。
「早くこの件終わらせて、ちゃあんとしたお風呂に入りたいなー」
愚痴を言いつつ、寝ているシロクマをそのままに、テントの外に出た。
やけに騒々しい。皆が一つの方向に走っている。
「まさか朝ごはんは早い者勝ち、なーんてんじゃないでしょーね?」
自分の想像に不安になり、急ぎ足になるさくら。
じきに、食堂代わりの巨大テントに到着した。
「品切れ……ってぇコトは、ないですよねぇ?」
そんなさくらの目に止まった人だかり。広いテント内の、ほぼ中央だ。
「あそこで配給か。こりゃ急がないと」
だが、駆け寄ったさくらが見たものは、山と積まれたパンでも、なみなみとスープをたたえたズンドウでもなかった。
「博士!?」
取り囲むように立ちすくんでいる労働者たちの輪の中心に、芳邑が倒れていた。
「しっかり! ――何があったの!?」
芳邑の脈と呼吸を確認しながら、傍らに立っている沼沢に訊く。
「わ…判らない。いきなり倒れたんだ」
「食事しなさってて、急にだ」「ああ、びっくりしただよ。なあ」
他の男たちも口々に言う。
――食事?
気になったが、まずは芳邑の処置が先だった。
胸ポケットから取り出した試験紙を博士の唇に当てる。十数個ある検出部の一つが変色した。
「ふん……」
さくらは続いて取り出した筆入れほどの大きさのステンレス・ケースを開き、いくつかある中から選んだアンプルを小型注射器に取り付けた。
芳邑の首に押し付ける。
プシュッ。
圧縮ガスの音とともに、薬剤が芳邑の体内に注ぎ込まれた。
「これでいいわ。――誰か手を貸して」
しかし、誰一人、動こうとはしない。
「ちょっと! 博士を休ませるんだから手伝ってよ!」
それでも助けようとする者は一人もなく、皆ばらばらに散開してしまった。
最後まで残っていた沼沢も、やがて立ち去った。
「な…なんなのよ、これって……」
あっけに取られるさくら。
「金と力のある者に従っているだけさ。世の中の真理だ」
頭上から、嘲るような声がした。
見上げれば、頬に絆創膏を貼った金染が立っている。
「あんた、まさか!?」
立ち上がり、相手を睨みつけるさくら。
「おいおい、人聞きの悪いことは言わないでくれ。彼が倒れたのは僕のせいじゃない」
「なら、なんで誰も助けようとしないの?」
言いながら横目でテーブルを探る。芳邑が食べていたであろう朝食が、いつの間にか片付けられていた。
――チッ。
「やつらには仕事がある。発掘という大事な仕事がね。作業の中断を訴えるような役立たずの学者になんて手間をかけてはいられない」
タバコを取り出し、火をつける。
「ちょっと! 病人の前よ!」
さくらの抗議を受け流して煙を吸い込み、話を続ける金染。
「同時に、おまえの相手をしている暇もゆとりもない。即刻、発掘現場から出ていってもらおう。その無能学者を連れてな」
「なっ……」
「博士の姪というのは嘘だな。昨夜の身のこなしや、今見せた処置の手早さ。だいいち、今、『博士』と呼んでいた。何者かは知らんが、こっちには正式な契約書がある。発掘の邪魔はさせない」
わざと、さくらと、そして横たわる芳邑に煙を吐きかけた。
「さっさと荷物をまとめたまえ」
「病人を砂漠に放り出すってワケね。判ったわ」
巧みに芳邑の体を起こし、肩に担ぎ上げたさくらは、金染に不敵な笑みを見せた。
「あたしは、こう見えてもあちこちにコネがあるのよ。丸得商事の非人道性は二、三日もすれば世界中に知れ渡ることになるでしょうね。その時のあなたの顔が楽しみだわ」
それを捨て台詞に、芳邑を担いださくらはテントから出ていく。
「ま…まさか。……だが、あの女の正体も判らないうちは…………クソッ」
金染はタバコを投げ捨て、テントを出た。
「待てっ」
さくらの足が止まる。
「いいだろう。おまえのテントを引き続き使え。だが、遺跡には近づくな」
「水と食糧も配給してもらうわ。ちゃんと口にできる物をね」
「わ……判った」
振り返ることなく交渉をすませたさくらは、自分のテントへと歩いていった。
「何者なんだ?」
少し考えた金染だったが、じきに思考を元に戻した。
「とにかく、スケジュールどおりに作業を進めさせなくては」
そう呟いて、現場へと急いだ。
「テント、もう一つガメときゃよかったかなァ」
さくらは後悔していた。
目の前にはいくぶん持ちなおした芳邑と、そして未だ胸焼けに苦しむシロクマが並んで横たわっている。はっきり言って、空きは、さくらの座る場所しか残っていない。
「あたしって、今夜どこで寝ればいいの?」
とはいえ、今さら追加要求するのもなんだか格好悪そうに思え、躊躇するさくらであった。
「最悪、シロクマくぅんは、サイド・カーに押し込むか……」
その声に、シロクマの耳がビクンッと動いた。続いて大きな頭がわずかに動き、恨めしそうな視線が、さくらの顔を射る。
「わ…わーったわよォ。あたしが寝袋使って外で寝るわよォ。――ったくゥ、年頃の乙女が、ひどい話だわ」
ブツブツ文句を言うさくら。と、その耳に響いてきたものがある。
――Uuuuaaaaa、Uuiiiiiiii、Aaaaaaaa…………。
「ヤダッ、またァ!?」
思わず耳をふさぐ。
「なんでよォ!? 今って昼間でしょォ!?」
するとシロクマが顔を起こし、テントの外に鼻を向けた。
「何? 声のする方向?」
こくりとうなずくシロクマ。続いて顎で指図する。
「独りで行けって? もー、薄情者ォ」
とはいえ放ってもおけない。
さくらはグロック19を右手に外へと出た。
「シロクマくぅんの指した方向は、こっち…ね」
少し歩くとトラックがあった。芳邑と共にここに来たトラックだ。
たしかに不気味な声が響いている。
「ここから…してる……わね」
そぉ〜っと近づき周りを一周する。続いて室内、荷台と点検する。
「あとは…………」
心なしへっぴり腰になりながらも、身をかがめ、車体下部を覗き込む。
「ひっ! ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
「やっぱ、あと一つガメときゃよかったなー、テント……」
テントに戻ったさくらは、心底後悔していた。
目の前には、寝息を立てる芳邑、ゲップをするシロクマ、そして…………べそをかいた珍教授が窮屈そうに川の字に並んで転がっていた。
もはや、さくらは隅に立っているしかなかった。
「にしても、教授、今まであそこで何してたの?」
スペア・タイヤの隣にスコップか何かの備品のごとくに括り付けられていた砂まみれの珍を発見してしまったショックから、まだ完全には立ちなおっていないさくらが訊く。
「ワ…ワタシに訊く間違いアル〜。そこの…クマ公に訊くヨロシ」
涙声で答える珍。
「あ、そか。あんたが乗り逃げした後ね」
トラックをシロクマが取り返したことを思い出す。
「だったら、あんたが悪いわよ。トラック盗むんだもん」
納得がいった顔のさくら。
「ってことは、昨夜の声も教授だったのね。あ〜、気色悪かったわよォ、マジ」
「ヒト事と思て気楽に言う、不届き千万アル! シリアス一辺倒のストーリなら、ワタシ死んでたアルね!」
たしかに、トラックとともに炎天下、砂漠を疾走した後、一昼夜、屋外に放置されていたのである。珍の生命力はゴキブリ並といえた♪
「悪かったわよォ。だから、こーして介抱してあげてんじゃないの」
さくらの言葉のとおり、脱水しかかっていた珍には貴重な水を大量に飲ませ、食事も与えた。すべて、さくらの分である。おまけに、これで今夜のさくらの野宿は決定的だった。
「それで、ミス・さくら嬢」
ふと教授が声を落とした。
「ん?」
「例の事は、どうなたアルか?」
珍の目が学者のそれになっていた。
「ああ、そのこと」
一つ溜め息をつく。
「どーもこーも……。詳しい事を聞く前に、博士が一服盛られて、こんなんだもん」
目を閉じたままの芳邑を見る。珍も顔を横に向け、シロクマ越しに様子をうかがった。
「アイヤー、敵が近くにいたアルか」
「ってゆーか、敵だらけ。たぶん」
ふたたび溜め息をつく。肝心の依頼人がこの状態では、どうにも動きようがない。
「せめて、何をどうしろってだけでも聞いとけばねー」
「ピラ…ミッドを…破壊……してく…ださい」
「博士!?」
うっすらと目を開いた芳邑が、息をつきながら口を動かしていた。
「気がついたのね? 気分は?」
「え…ええ……あなたが助けて…くださったのです…ね。ありが…とう」
消え入りそうな声で言う。
「本当は、もっと…絡め手をお願い…するつもりでしたが、こうなって…は仕方ありません」
「絡め手?」
そう訊き返すさくらに、うなずいて見せる。
「D.E.の…あなた…に発掘の妨害工作を…してもらい、その間に教授と私…とで……遺跡の無力…化の方法を…見つけるつもりで…した。遺跡そのもの…は、できれば……残したかったので…す」
「当然アルな。学者としての気持ちアル」
珍が相槌を打つ。
「です…が、もう猶予は…ありません。破壊……してください。ピラミッドを」
「判ったわ」
さくらは大きくうなずいた。
「任しといて。あたし、壊すのだけは得意だから♪」
そう言うとテントを出、ドニエプルに隠した武器の準備を始める。
「あの娘ナラ、やてくれるアル。壊すの得意のコト、ワタシ保証するネ」
表のさくらの鼻歌を聞きながら、珍が太鼓判を押した。
ふたたび日が暮れ、月が上っていた。満月である。
頂をのぞかせたピラミッドを中心とした発掘現場は照明に照らし出され、不夜城のごとくに、闇の中に映えていた。
「スフィンクスのほうが遅れているな。もっと急がせたまえ」
双眼鏡を扱っていた金染が、視線を外さずに言った。
「承知しました」
横で馬鹿丁寧に頭を下げるのは、芳邑の助手であったはずの沼沢である。
「ところで、例のお話ですが……」
揉み手をしながら、お伺いを立てる。
「判っている。公開までの間は、遺跡の内部を君が好きに見て回ってかまわない。発見の功績も栄誉も研究成果も、すべて君のものだ」
沼沢の問いかけに軽くうなずいて、金染は答えた。多少軽蔑混じりの口調だ。
「ありがとうございます。では、私は現場に戻ります」
そう言って沼沢がその場を離れようとした時だった。
ひゅるるる……ドーン!
突然、砂漠の夜空に花火が上がった。
「なんだ!?」
思わず見上げる金染と沼沢。
ドドーン!
再度開く光の花。かなり低空だ。
と。
火の粉が金染たちの頭上に降り注いできた。
「あちっ!」「うわっ!」
焦って振り払う。
見れば、発掘現場でも、同様の騒ぎが起きていた。いや、むしろ向こうのほうが火の粉が多いようだ、慌てて逃げ惑う労働者たちの様子は、あたかも蜂の巣をつついたようであった。
そこへ追い討ちをかけるように次々と花火が上がる。
「こっ、こらっ! 作業をやめるな!」
思わず声を上げる金染。が、効果はなく、めいめいが勝手に逃げ出していく。
「どこからだ?」
沼沢は周囲を見回した。
「あそこか!」
小声で口走ると同時に、駆け出そうとした。
「おいっ、おまえまで――」
とっさに沼沢の袖を掴む金染。だが。
「邪魔だ!」
沼沢は金染の頬にパンチを喰らわせた。地べたに背中から落ちる金染。
「こっ…こんなことをして、ただですむと思ってるのか!?」
息を詰まらせながら、罵声を浴びせる。
そんな金染の声を無視し、走る沼沢は指をくわえると鋭く息を吐いた。
ヒュッ!
指笛の音に応じて、数人の作業員が沼沢の後に続く。
やがて一行は、少し小高い花火の打ち上げ地点にたどり着いた。
「早かったわねー、ここを見つけるの」
何発目かの花火を打ち上げていたさくらが明るく迎える。
「あらん? あんただったの? てっきりあの色男が来るとばっか思ってたわ」
目の前に立った沼沢の顔を見て、意外そうに言う。
「博士もお気の毒にねー。アシスタントに恵まれなきゃ、お仕事もたいへん」
言いながらも、次の花火を打ち上げる。
「あくまでも発掘を妨害する気か?」
「まーねー」
静かに訊く沼沢。それに対し茶化すようなさくらの声。
「では、実力で排除するまでだ」
後に従う作業員たちに合図を出そうとする。
「その前に正体出したら? あんたたちって昨日のアホの仲間なんでしょ? ――あっ! ううん、出さなくっていいわ、正体」
自分のポカに気づいて慌てて発言を撤回するさくら。
「遠慮しなくてもいい。我々もいいかげん我慢の限界だったからな」
沼沢がニタッと笑う。
「だ…だからァ、いいってばァ!」
しかし、止めるさくらにかまわず、沼沢たちは次々と、自分の顔の皮をはぎ取っていった。
「ぐぇっ、ぐぇっ、ぐぇっ。すっきりしたぞなもし」
さくらが二度と見たくない顔が現われてしまった。しかも複数。
「いいって言ったのにィ〜。キモイから……」
目の前に並んだ粘液質のカエル人間の、顔・顔・顔。それらを見渡し、肩を落とすさくらである。だが、へこみながらも花火を打ち上げる手だけは休めない。
大量の火の粉と煙に追い立てられ、発掘現場には誰もいなくなっていた。
「さぁて、お次はっと」
何やら探すさくら。それを隙と見たカエル人間・沼沢たち。
「させんぞなもし!」
一斉に飛びかかる。
「妖怪退散!」
さくらが何かを振り撒いた。月の光にきらめくのは滴であった。
「?」
何も起きない。
「あららー。博士の言うとーり。やっぱ聖水は効かないか」
「ぐぇっ、ぐぇっ。残念だったぞなもし。我々は教会には通わないぞなもし」
そして、あらためてさくらに迫る。
「覚悟するぞなもし」
「ヤダ!」
そう言って、ふたたび何かを撒いた。大量の白い粉末だ。
「ぐぇっ、ぐぇっ、ぐぇっ」
頭から降りかかるものに意も介さず、笑う。
「無駄ぞなもし。清めのマジック・パウダーだろうと荒神さんの灰だろうと、我々には――ぐっ!? ぐぇぇぇぇぇっ!」
意気揚々と語っていた沼沢ガエルが、突如もがきはじめた。手下たちも同様である。
「なっ、なんぞなもし!? 苦しいぞなもし! か…体が……乾いていく…ぞな…もし」
膝をつき、続いて手をつく。そのまま肘から倒れていくカエル人間たち。
その表皮の粘膜が見る見る白くなっていく。
「ヌルヌルしてるから効くんじゃないかなーって思ってたワケ。お塩♪」
「し…塩!? ぐぇっ、不覚ぞな…も……し…………」
浸透圧により体内の水分を外に吸い出されてしまったカエル人間たちは、全員脱水症状に苦しんでいたのだ。
「さー、もー邪魔しないでネ」
言いながら、さくらは一メートル強の長さの筒を取り出すと、蓋になっている短い筒を外し、側面に取り付けた。そして筒を右肩に載せる。
蓋だった短い筒、つまり×4の光学サイトを覗き込む。ピラミッドの頂点が見えた。
「照準OK」
トリガーを引く。
爆音・反動とともに、白煙を吐きながら対戦車榴弾が飛んでいく。
そして、ピラミッドの一部が砕けた。
「いけるわ、これ。んじゃ、次」
着弾とその効果を確認したさくらは、FT5型ロケット・ランチャーの後部を外し、新しいコンテナと付け替えた。
「おかわり、いくわよ!」
発射。着弾。破裂。
何度か繰り返すうちに、ピラミッドのシルエットが崩れはじめてきた。
「い……いかん…ぞなもし」
砂に顔を埋めていた沼沢ガエルが、震えながら頭をもたげた。
「準備は万全…ではないが……このままでは…すべてが水泡に帰する…ぞなもし。博打を打つし…かないぞな…もし」
そう唸りながら、懐から万年筆を取り出す。
「計画…の…最終段階……発動ぞな…もし」
ペン先を高く空に掲げ、吸盤のある指に力を込める。
ぼひゅっ。
「え!?」
その音にさくらが視線をやるのと、血の色の信号弾が夜空に咲くのと同時であった。
「あとは…あの御方…しだい……ぞ…なも…し…………」
ふたたび顔を砂に埋めた沼沢。そして二度と動かなくなった。
「合図だ」
火の粉にも煙にも砲撃にも逃げ出すことなく、必死にピラミッドのそばに居残っていた一人の労働者が、信号弾を見やって大きくうなずいた。
「了解ぞなもし」
面の皮をかなぐり捨てたカエル人間は、石壁の隠し扉を開いた。深い闇に続く縦穴が姿を見せる。
と、カエル人間が、用意しておいた何本もの酒瓶の封を切り、中身を穴の中に注ぎ込んだ。さらには自らの体をもその中に放り込んだ。
そして。
贄を得たピラミッドが躍動を始めたのである。
「何?」
ランチャーのサイトを覗いていたさくらが声をもらした。
突然、ピラミッドの頂点から空に向け、一筋の光柱が立ち上ったのである。
「なんなの? あれ……」
予測していなかった事態に当惑するさくら。
「いけない!」
さくらの背後から声が飛んだ。
「は…博士!?」
シロクマに転がされてきたドニエプルのサイド・カーに座った芳邑博士が血相を変えていた。ちなみに珍教授もタンデム・シートにしがみついている。
「復活のシステム発動したアル!」
珍の顔にも焦りが浮かんでいた。
「こうなっては、ピラミッドの破壊だけでは駄目です!」
悲壮な表情の芳邑が、サイド・カーから降りながら言う。
「駄目ってどーゆーこと? 防げないの?」
「そうと違うアル。復活しようとするヤツそのものをやつけるしかないてことアル」
珍もバイクから転がり落ちるようにして地面に座った。
「やっつけるって、そんな得体の知れない奴に、ロケット弾とかって効き目あるのォ?」
「判りません。先史文明時代の兵器がどのようなものだったかが不明ですから。――もし効かなかったら、これを」
そう言って、さくらに何かを手渡す芳邑。
「へ?」
Y字形の樹脂製の棒である。二又の両端に、太いゴムが渡されている。
「パチンコ……?」
開いた口のふさがらないさくら。こんなおもちゃでどうしろというのか、芳邑の真意が判らなかった。
「お渡ししておいたでしょう?」
芳邑が微笑む。
「あ」
焦ってパンツのポケットを探る。出てきたのは五芒星の刻まれた丸い小石である。
「これって武器なの!?」
「確証はありません。ですが、これに奴らを退ける力があることは判っています。ですから、あなたに取ってきていただいたのですよ。あの砂漠に眠る遺跡から」
「え? ……えぇーーーーっ!?」
かつて、砂漠の彼方にある古代遺跡の中から黄金の蜂蜜酒と五芒星の石を持ち帰るという困難な任務を遂行したことを思い出す。小石に見覚えがあったのも当然だった。さくら自身が見つけたものなのだから。
「あ…あの時の依頼人って、博士だったの!?」
少し困ったような芳邑の表情である。
「黙っていたことはお詫びします。ですが、切り札は、さりげなく持っていたほうがいいと思ったものですから」
「話はそれぐらいにするヨロシ。敵が出てきてしまうアルよ」
珍が二人をたしなめた。そして、さくらに言う。
「砂漠的手下、ミス・さくら嬢。その石はミスター・芳邑氏も言たように最後の切り札アル。王手以外に使ては駄目アルよ」
「王手以外?」
「そうアル。光の柱の王将を守る大駒が出てくるはずアル。でも、そんなの相手にしていけないアル」
「判ったわ。忠告ありがと」
パチンコをベルトにはさむ。そしてMT-10に跨るとキック・ペダルを蹴り下ろした。
たくましいエンジン音が、砂漠の夜に響き渡る。
「行くよ、シロクマくぅん」
隣のサイド・カーに目をやる。
頼れる相棒が、びしぃっと親指を立てて……………………いない。
「へ?」
思わず振り返ると、芳邑や珍と並んで、ハンカチを振っているシロクマの姿があった。
「をい」
さくらが睨みつける。
「胸焼けがひどいから、今回はパス言うてるアル」
珍が伝言した。
「そんなのありィ!? 独りで行けってーのォ!?」
「時間ないアルよ」
珍が歩み出てバイクの尻をペンッと叩いた。
とたんにウィリーして飛び出すドニエプル。
「薄情者〜〜っ!!」
その声を残し、D.E.さくらは出動したのである。
「えーいっ、こーなりゃ、やるしかないわね!」
光柱を伸ばすピラミッドに向け、さくらは疾走した。
「でも、何が出てくるのかしらね? ちょい興味あるわ」
と。
「え? あれ?」
思わずブレーキをかけた。そして光柱の先に目をこらす。
「人……?」
その言葉のとおり、光柱を伝わって空からゆっくりと降りてくるそれは、人の姿をしていたのである。
「女……アルか!?」
大型の双眼鏡を使っていた珍が叫んだ。
「いにしえに伝わる破滅の女王・セヴルです。よりによって、あんな大物がここに封印されていたとは……」
苦渋に顔を歪める芳邑。
「破滅の女王? 暗黒の伝道師・ナイ神父の妹アルな!?」
珍の表情にも重いものが走る。
「なんてことアル! ナイ神父が関わてたアルか。判てれば、ワタシのシンジケート総動員したアルのに……」
「相手がそれだけ慎重に動いていたということです。残念です」
絶望的な様子の二人。
そんな中、その横で丸くなって眠っていたシロクマが、耳を動かした。そして頭を上げ、ゆっくりと起き上がると、その場から離れた。
薄絹の衣に身を包み、金に紺碧の宝石を飾った首飾りや腕輪、冠などに彩られたその女性は、ゆっくりと、しかし確実に地上に近づいてきていた。
「おお……久々の大地じゃ。懐かしや」
小声の呟きが、そのあたり一帯に低く響いた。魂をわし掴みにされるような、恐怖をかもし出す声である。
ぶるっ。
さくらは一つ身震いした。そして――
「こりゃ、なんとかしなきゃまずいわ、マジ。あんなの放っといたら何されるか判んないもん」
そして、あらためてバイクを出す。
一気にピラミッドを目指すドニエプルMT-10。
と。
突如、地面が揺れた。
「今度は何!?」
ハンドルを取られながらも必死にコントロールする。その眼前に巨大な影が現われたのである。
「げーっ!」
発掘の露天掘りからぬうっと突き出てきたのは、スフィンクスの頭だった。
ピラミッドを守るように座っていたスフィンクスが、今、女王を狙う敵、すなわち、D.E.さくらに立ちはだかったのである。
「じょーだんキツイわよ! この上こんなの相手にしろってーの!?」
ハンドルのコンヴィネーション・スイッチを押す。サイド・カーのボディから九つの穴の開いた箱がせり出した。多連装のミサイル・ランチャーだ。
「いっけぇっ!」
さくらの気合いとともに、小型ミサイルの群れが飛び出した。そして次々と石像の顔面に命中する。
鼻と右の耳がもげた。
だが、スフィンクスはその程度のことは意に介さず穴から身を乗り出した。
巨大な足が砂を踏みしめる。
「チッ。ミサイルは駄目か。なら、この小石は――」
パチンコを用意するさくらの脳裏に珍の助言が聞こえた。
王手以外に使ては駄目アルよ。
「いっけない、いけない。あれはあくまでも飛車ね。玉じゃないわ」
パチンコをベルトに戻し、スフィンクスと、そして、その背後に降下しつつある女王を見る。
「っても、このまま通してくれそーもないしィ……」
悩んでいるうちにも、動く世界遺産(申請中)との距離が縮んでいく。
「う〜〜ん」
元来考えるのが苦手なさくらの頭が知恵熱を発しはじめていた。
「いい! もう! あいつの股下をくぐる! 以上! 決まり!」
オーヴァー・ヒート気味の脳ミソの稼働を停止し、さくらは一目散にバイクを走らせる。
こうこうと夜空に映える満月のもと、その光を浴び、巨大なスフィンクスが咆哮を上げた。
「いい気になってんじゃないわよ!」
さくらはスロットルを開き、一気に走り抜けるべく、スフィンクスの足の間に狙いを定める。
その時である。
目指す大きな石の足に駆け寄る人影があった。
「何!?」
目をこらす。
「あ…いつ……」
さくらの目が点になった。
「いいぞいいぞ〜。石像が動いて吠えるなんて、こりゃいいぞ〜〜。観客動員のギネス記録ができる。興業は大成功間違いなしだ〜。僕の出世も間違いなしだ〜〜♪」
その目に異様な輝きを映しながらスフィンクスに近づいているのは金染であった。
「あのバカ! ――どきなさいっ! 逃げろってば!!」
だが、次の瞬間、金染の頭上に太い石柱が下ろされた。
「あ…………」
金染の姿は、スフィンクスの足の下に消えた。
「哀れなもんね。お金に心を奪われた姿って」
そう言うさくらも、もうスフィンクスの足許である。
「えぇいっ!」
フル・スロットルで加速するMT-10。そして二本の足の間を駆け抜けた。
「やったァ!」
だが、さくらは忘れていた。
「えぇっ!?」
目の前にふたたび石の足が現われたのだ。
そう。スフィンクスは四本足なのだ。
「そーいえば、立ってるスフィンクスって、見たことなかったからな〜」
変な事に感心するさくら。
だが相手は手加減、いや、足加減はしてくれそうもない。後足が、さくらのバイクを妨害にかかる。
「ちいっ!」
辛うじて後足の攻撃をかわす。が、今度は代わって前足が襲いかかってくる。
「でかいクセに、動きが素早い!」
巧みによける。しかし、すかさず別の足が向かってくる。
完全にスフィンクスの腹の下に捕らえられたさくらのドニエプルだった。
「まずいアル。砂漠的手下が捕またアルよ。ピラミドには届きそうもないアル」
「う…うう……」
双眼鏡を覗いている珍の言葉に、芳邑は苦しそうに唸る。
「私の、私の考えが甘かった。もっときちんと調べておけば……」
頭を抱え込む。そこに珍の声がぶつけられる。
「今は後悔してる時違うアルよ。ミス・さくら嬢を助けるアル」
「ですが、どうやって?」
「そ…それはアルな……」
そんな会話の中、シロクマが戻ってきた。大きなズタ袋を引いている。
「どこ行てたアルか? このたいへんな時に」
が、シロクマは咎める珍を無視して、引きずってきた袋を開けた。
「何アル!?」「これは!?」
珍も芳邑も息を呑んだ。
「ああン、もー! しつこい!」
未だ石像怪物から逃れられないでいるさくらは、必死にバイクを操っていた。
「しつこい男ってねー、もてないわよ! ――って、スフィンクスってオスだっけ?」
余裕があるのか、はたまたいっぱいいっぱいで混乱しているのか、さくらの思考が雑多になってきていた。
「わたっ!」
一瞬の油断だった。
乱れた砂地に車輪を取られ、転倒してしまうドニエプル。
そこに、スフィンクスの大きすぎる足が下ろされる。
「!」
その時。
『おーい、スフィンクス! 問題でーす!』
夜の砂漠に大きな声が響いた。拡声器による芳邑の声である。
『掃除をすればするほど汚くなるもの、なーんだ?』
「はあ?」
場違いな気の抜けた台詞に、自分の危機も忘れ、あきれかえってしまうさくら。
と。
さくらの頭上ギリギリまで迫っていた足の裏が動きを止めた。
「へ?」
きょとんとするさくらを尻目に、スフィンクスは声のする方、つまり芳邑たちに視線を向けた。
そして、両前足をもたげ、何かを絞るような仕草をしたのである。
『ピンポーン♪ おみごと! 正解は雑巾でーす』
景気の良い賞賛の声。ガッツ・ポーズを取るスフィンクス。
「な…なんなの?」
訳の判らないさくらだけが、取り残されたような焦燥感に包まれていた。
「やりました! 成功ですよ!」
マイクを持っていた芳邑が叫ぶ。その横で珍も驚喜していた。
「やたアル! あのデカブツの気を引けたアルな!」
拡声器のアンプを調整しているシロクマも、うんうんとうなずいている。
「しかし、チミ、よく判たアルな。こうなるコト」
珍はシロクマに、感心したように言う。
「伝説上のスフィンクスは、なぞなぞが趣味、いえ、生き甲斐なんですよ」
芳邑が、マイクを手で軽くふさいで言った。
「いつも通行人に問題を出して、答えられない相手を取って喰っていたのです。それがある日、自慢の謎を解かれてしまい、ショックのあまり自殺してしまったのです。それほど、なぞなぞに命をかけていたんですね。――いや、どうして気づかなかったんだろう?」
芳邑のシロクマを見る目も、感服の色を浮かべている。
「ホレ、次の問題出すアルよ」
「ああ、そうですね」
促され、ふたたびマイクを口に当てる芳邑。
『では、第二問!』
その声に、スフィンクスが熱いまなざしを向ける。かなりわくわくしているようだ。
ぼーっとしていたさくらも、ようやく気づく。
「と…にかく、今のうちよね」
急いでバイクを起こし、エンジンをかける。野太い水平対抗エンジンの排気音に、スフィンクスは耳も貸さない。
『隣町でアイスクリームを一○個買ったアブドル君、家族のためにと家に持ち帰りました。さあ、アブドル君自身はアイスをいくつ食べられたでしょう?』
腕組みをして考え込む巨大スフィンクス。
「なーにやってんだか。とけちゃって食べられないじゃん」
小さく口走ったさくらは、MT-10を出した。謎解きに集中しているスフィンクスは、まったく気にしない。
「だいぶロスしたわ。急がないと」
すでに女王・セヴルの降下は、かなり進んでいた。あと少しでピラミッドの頂点に到着する。
「時間を稼いで!」
残りのミサイルを発射する。ピラミッドの形がさらに崩れていく。
が、かまわず降下を続ける破滅の女王。
「わらわの邪魔立てをしようというのかえ? 小賢しや!」
女王の真紅の瞳が鋭く光った。
「何? ――きゃっ!?」
突如、眼前の砂から長さ一○メートルはあろうかという刺が飛び出した。いや、牙というべきか。
「危ないじゃないの!」
辛うじてかわしたさくらが怒鳴る。
が、その前に第二、第三の牙が出現する。
「わっわっわっわっわっわっわっわっ」
次から次と飛び出てくる牙の群れをジグザグによけながら必死に前進するさくらのドニエプル。
ピラミッドの裾にたどり着くと前輪を乗り上げ、そのままの勢いで側壁を駆け上りはじめた。
「こしゃくな小娘ぞ」
斜面を上がるバイクに対し、ふたたび女王の眼が光る。
ピラミッド上部から、岩が転がり落ちてきた。
「どっから出てくんのよ!? 四次元ポケット?」
声を上げ、決死のバイク・スタントをこなす。カスリでもしたらおしまいだった。
「お返しよ!」
岩雪崩をクリアしたさくらが、ハンドル・グリップ横のスイッチを入れる。
今度はサイド・カー先端から、六連ガトリング・ガンの銃口が生えた。
「受け取ってちょうだい!」
連続した撃発音とともに、20mm口径の銃弾が女王の体に浴びせられる。そして弾丸の後を追うように、さくら自身も女王に接近する。
「愚かな。効かぬわ」
さくらの攻撃をよけもせず、せせら笑う破滅の女王。
その隙を見逃さず、さくらはベルトにはさんでいたパチンコを取り出した。五芒星の小石をゴムにつがえる。
重心移動のみでバイクをコントロールしながら、女王に狙いを定めて引き絞っていく。
が。
「甘いぞ!」
女王・セヴルの眼光が、さくらの瞳を射抜いた。
「なに!?」
さくらの体が凍りついた。ピクリとも動かせない。
「何したの!?」
頂上付近にまで上っていたドニエプルも、速度を緩め、やがて停止した。女王をすぐ目の前に置きながら。
「愚かなる人間どもの浅知恵なぞ、わらわには通用せぬ。身の程を知るがよいわ」
さも愉快そうに笑うセヴル。
「なめんじゃないわよ!」
口と目だけは動かせるさくらが、そんな女王の態度に腹を立てて叫んだ。
「喚くがよい。そして、そこから、この世の乱れる様をよう見るがよい。わらわからそちへの、計らいじゃ」
そう言って、女王は右手を高く挙げる。
「今より、地下、そして深海に眠るすべてのしもべどもを呼び覚ましてみせようぞ。混沌を取り戻すために」
――じょーだんじゃないわよ! あのスフィンクス一頭だってたいへんなのに、これ以上変なバケモン出されちゃマジ、おしまいだわ。
動けない身で、さくらは知恵を絞った。知恵熱が発するのにもおかまいなく。
「う〜〜〜〜……あれ?」
と、さくらの思考が止まった。気になるものが目に入ったからだ。
「ちょっと、女王さん」
「え? ええ?」
不意を突かれたように手を止め、思わずさくらを見るセヴル。
「何用じゃ? わらわは忙しい」
「あのサ、あんたってば、どんくらい封印されてたってーか、眠ってたワケ?」
バチンコを構えたまま固まっているさくらが訊く。
「む…………そうじゃの。ざっと一万年ほど…かの」
右手を中途半端に挙げたままの姿勢で、女王が答える。何やら場違いにのんきな画である。
「それがどうかしたのかえ?」
「いえね……」
さくらが思わせぶりに口ごもる。
「なんじゃ、はっきりと申すがよい」
多少苛立ちはじめる。
「んーとね、ずーっと眠ってたからなんだろーけど」
さくらは遠慮がちに言う。
「…………」
しかし、次の言葉をためらう。
「ええいっ! 申せ!!」
女王が乱暴に促した。
「じゃ、言うけどォ……鼻毛が伸びてて、シミが浮き出てて、カラスの足跡がついてて、鼻の頭に脂が浮かんでるの」
「…………………………………………」
今度は女王が凍りついた。
しばしの沈黙。
そののち。
「きゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
セヴルが悲鳴を上げた。そしてあたふたと鏡を取り出す。
「ああああ! そうじゃった! 肌の手入れをする間もなく眠りにつかされてしもうたのじゃ! なんということじゃ! わ…わらわの美貌がぁぁ…………」
うろたえる破滅の女王。
その瞬間、術が解けたのか、さくらの身が自由になった。
「もらい!」
ゴムを引き絞っていた右手を放す。
鋭く空気を切り裂き、五芒星の石が飛ぶ。
「はっ!?」
手鏡を覗き、目尻のしわを指で必死に伸ばしていたセヴルが、風切り音に顔を上げる。
そこに、小石が命中した。
「ぐぎゃおがああああああ!」
眉間を割られた破滅の女王が、地が裂けんばかりの叫び声を轟かせてもがき苦しむ。
その声を受けてか、砂漠に生えていた牙がすべて、見る見る崩れ落ちていく。
女王の体を支えていた光の柱も乱れ、やがて飛散してしまった。
支えを失った女王・セヴルの姿が、薄れはじめた。
「おおお……な…なんということじゃ。ようやくこの世に戻ってこられたというに、かようなことで振り出しに…………」
恨みのこもった目で、さくらを睨む。
「じゃが、待っておれ。必ずや、わらわは帰ってくるぞえ。今度はきちんとエステで全身ケアして、UVカット対策も取ってからのぉ」
「なんで、そんな言葉、知ってんのよ?」
思わず頭を掻くさくら。
そんなさくらに、女王の最期の言葉が叩きつけられた。
「ちょっとばかり若いからって、いい気になるんじゃないわよ! バカ〜〜〜〜…………」
その罵声を残し、まさに復活直前にまできていた破滅の女王・セヴルは、砂漠の月夜の中に消滅したのであった。
「にしても、よくスフィンクスを抑えられたものね」
三人の所に戻ったさくらは、開口一番、質問した。
「あなたのパートナーのおかげですよ。いいアイデアをくれた」
すっかり回復した芳邑が言った。
「デカブツも、ナゾナゾ堪能できたらしく、満足して戻たネ」
珍の言葉に、荒れた発掘現場を振り返るさくら。かなり崩れたピラミッドの前に、鎮座しているスフィンクスの巨大な姿がある。もはや微動だにしない。
「大丈夫なの?」
「ええ。少なくとも女王がまた出てこない限りは動かないはずです」
心配そうなさくらの声に、芳邑が答える。
「そか。じゃ、一件落着ね。――ところで、シロクマくぅんは?」
その場に陰の功労者の姿はなかった。
「胸焼けひどいから、寝る言うてたアル」
「は?」
命がけの闘いを終えた相棒を迎えもせず、シロクマはテントに戻っていたのである。
「なんだかな〜」
大きく息を吐いて、さくらは空を仰いだ。
天空には何事もなかったかのように、満月が微笑んでいた。
皆が寝静まった真夜中、動きをやめたスフィンクスの足許の砂が動いた。
そして。
人の手が突き出た。
「な…なんだったんだぁ?」
体を砂の上に出したのは金染だった。砂まみれの頭を巡らせる。
西に傾いた月の光に、崩れかけたピラミッドが映った。
「わーーっ! 出世のタネがぁ!!」
髪を振り乱す金染の声だけが空しく響いた。
「そうですか。失敗しましたか。判りました」
ヨーロッパのとある町の小さな教会の執務室で、電話を受けていた壮年の神父が受話器を置いた。
「愚かな妹よ……」
机に向かい、しばし考え込む神父。
と。ノックがしてドアが開いた。若い神父が顔をのぞかせる。
「そろそろお祈りの時間ですが、ナイ神父さま」
「はい。すぐに行きます」
人の良さそうな笑顔で、神父は応えたのであった。
2001.10.9.
毎日ピーカン!
容赦なく降り注ぐ紫外線!
UVカットファンデで、さくらは対抗し得るのか!
白日の下、ついにスッピンが暴かれるっ?
次回、『デザート・エージェント さくら』
『砂嵐のティータイム ミルクティーに、ご用心♪』
(予告編 by 笑う満月)
*
目次に戻る
*
文倉に戻る
*
庭に出る
この作品の著作権は妖之佑にありますからね。
Copyright © 2001 Ayanosuke.
All rights reserved.
|