狐 第弐夜
 
 
 
 妖怪の三役といえば鬼、河童、そして我らが天狗と決まっておる。
 では、動物系妖怪の三役というと、お主は何を思い浮かべるかな?
 わしは、狐、狸、猫じゃと思っとる。
 猫は別の機会に譲るとして、今宵は化ける動物の代表としての、狐と狸について、話をしてみようかの。
 
 狐と狸。ともに変化の術を心得ており、人を化かす。では、どちらがより能力的に優れておると思うかな?
 こういう言葉があってな。
「狐七化け、狸の八化け」
 つまり狸のほうが一枚上手ということじゃな。
 その反面、狐は怖く、狸はなんとなく親しみ深い印象があるのではないかな?
 では個々に見ていくとするかの。
 
 狐の能力の代表に、人に憑くというのがある。有名なのは「おとら狐」じゃ。これは狐の名が「おとら」なのではなく、「おとら」という娘に憑いた狐のことじゃ。
 その、おとらの口を通して、歴史上の出来事を体験談として色々と語ったそうじゃ。長生きじゃったわけじゃな、こやつは。
 この、おとら狐は例外じゃが、たいていの狐憑きは、もっと下品じゃ。憑かれた者が四つ足で歩くとか、犬喰いするとか、唸るとか…………。で、大きな犬を近付けると、慌てて人の体から退散という根性なしも少なくないのじゃ。
 
 人に化けて生活しておるヤツも多い。有名なのは「白蔵主(はくぞうす)」と「葛乃葉(くずのは)」のご両名じゃな。
 
 白蔵主は、僧侶に化けて長く寺を守ったとも聞く。ただし本物の住職・白蔵主を喰い殺して、というおまけつきじゃ。狂言の『釣り狐』では、単に化けたことになっておるようじゃがの。
 
 葛乃葉は人の女として嫁に入り、男の子を宿したそうじゃ。のちに正体が露見し、泣く泣く子供と別れ家を去ったという話が伝わっておる。「葛葉姫」とか「信太妻」とかの別名もあるが、内容は同じじゃよ。一説には、かの安部晴明の母君ともあるぞ。
 
 学問好きが高じて人として勉学に励んだ「伝八」や「新右衛門」。優れた飛脚として人々に貢献した「源五郎」とその妻「小女郎」、そして「与次郎」。物入りの際に膳や椀を貸してくれる「お竹」や「五郎左衛門」。まあ、あげればキリがないわい。
 
 狐の中でとりわけ優れておるのが、妖狐(ようこ)じゃ。人のガイコツを頭に載せて、あらゆる変化をこなす輩。天狗とて油断のならぬ相手よ。
 番付が四つあってな。下から、野狐(やこ)、気狐(きこ)、空狐(くうこ)、そして天狐(てんこ)じゃ。
 下の三つは、我が天狗の敵ではないわい。が、天狐だけは、この六光坊も一目置いておる。お主も、ゆめゆめ、失礼のないようにな。
 
 それからな、狐が人を化かす時は、相手の眉毛の本数を数えるのじゃ。すなわち、化かされたくなければ、数えさせなければよい。その方法がお判りか?
 そうじゃ、唾をぬるのじゃよ。眉毛同士がくっついて正確な本数が判らんようになる。狐はお手上げじゃて。
 もう気づいたじゃろう? そう、「眉唾」のことじゃよ。
 このことは、上方落語の『七度狐』にも出ておる。ちなみに、七度狐とは、怒ると七回たたるという意味での、先の「狐七化け」からきておるように思う。
 
 狐の嫁入りは、説明するまでもないじゃろ。不可思議な嫁入り行列のことじゃ。火のみの行列もあるそうじゃて。
 
 狐火。これは狐どもの起こす怪火じゃが、人骨をくわえて松明にするらしいぞ。ひょっとして、骨の燐を使っておったりしての……。
 
 そうじゃ、「管狐(くだぎつね)」というのを聞いたことがあるやもしれぬが、これは狐とは、まったくの別物じゃぞ。姿も性質も違っておる。
 こやつは言ってみれば使い魔、式神の類じゃな。「犬神」とか「オサキ」とも呼ばれておる。
 学研の『陰陽道の本』の164頁に犬神の絵が載っておるぞ。機会があったら、見てみるがいい。
 
 では、狸の話といくかの。
 いや、長くなってきたからの、続きは次の夜にさせてくれい。ちと酒が飲みたくなったわい。

 
 
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参考文献:  『妖怪お化け雑学事典』千葉幹夫
『暮らしの中の妖怪たち』岩井宏寳
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