2001年6月


 
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■2001/06/02 (土) (旧暦 閏卯月十一日)
 
 
 またまた、京都に行ってきた。
 他の所にも行けばいいと思うのだが、京都が、わりと行きやすい距離にあるのだ。
 訪れてない場所もたくさんあるし、当分は京都オンリーかも。
 
 
 で、今回は、JR奈良線沿いに何ヶ所か。
 
 
 一ヶ所目。
 
 宇治。
 
 しょっぱなにやってしまった。
 妖之佑は根っからの方向音痴で、初めての場所では、ほぼ確実に逆方向に進む習性がある。
 宇治駅から、いきなりこの失敗をやらかし、ずんずん淋しいほうに進んでしまった。
 道を訊いた地元のかた、きっと笑ってるだろーなー。
 
 で、平等院。
 
 ここは実は期待外れだったかも。
 たしかに広くて綺麗な所ではあるが、ただそれだけ。
 目玉の鳳凰堂――10円硬貨の表の絵柄のヤツね――には別途拝観料が必要。おまけに時間制限されるので、遠巻きに眺めるだけにしておいた。これで充分。
 
 それよりは、鳳翔館(国宝等の展示館)のほうが見応えはあったといえる。
 面白かったのは「雲中供養菩薩」という、いってみれば菩薩さんで構成された楽団の像だ。いろんな楽器をお持ちになっておられて、実に興味深い。
 これが52体あるそうで、これに一対の鳳凰を加えた54体の図柄で、ぬわんと、お土産用のトランプ(\900)を用意してたりするのだ!
 かなりおバカな発想ではあるが、売店にあるものの中では、これが一等光っていた。もちろん買いました。はい。
 
 帰り際に気づいたのだが、境内の隅っこに「扇の芝」という所があって、ここは、あの源三位入道頼政が自刃した場所なのだそうだ。
 妖之佑は詳しくは知らないが、確か怪鳥・鵺を退治なさった武将であったと記憶している。
 見落とさなくてよかったー。
 
 
 宇治駅に戻ってから、平等院の近くに橋姫神社というのがあることを知る。
 
 宇治川の橋姫様……。
 
 しまった! 失念してたァ!!
 しかし、橋姫様と聞いて放ってはおけない。
 
 引き返して、ちゃんとお参りした。すんごく小さな社で、見落とすのが普通な所だったのだが。
 でも、いわれのしっかりした神社なので、帰る前に気づくことができて、本当によかった。
 
 
 ポニー伯爵さまへ私信。
 平等院では修学旅行の一団と、かちあいました。
 ぽにてな女の子が、いっぱいでしたよー♪
 
 
 
 黄檗。
 
 ここには、かの有名な黄檗山萬福寺がある。
 歴史的には、京にあっては比較的新しいお寺だ。
 
 が、妖之佑は、こと禅宗に関しては、道元さんや栄西さんよりも、ここの創始者である隠元さんに強く魅かれるのである。
 
 ここでは予約しておくことで普茶料理(要するに精進料理)をいただけるのだが、面倒臭がりな妖之佑は予約していなかった。
 が、ドタキャンでもあったのか、普茶点心(お弁当ね)には数に余裕があるとのことで、急遽、お昼はこれに決定。
 
 美味しかったァ。
 
 鞘遠藤、筍、蕨、凍豆腐、生麸、椎茸の煮物。
 大葉、薩摩芋、紅生姜、ピーマン、蒟蒻の天麸羅。
 胡麻豆腐(これが絶品♪)。
 湯葉と三ッ葉の入った薄味のお椀。
 ごはん。
 そして茶団子。
 
 肉や魚などなくとも、これだけ美味しい料理ができるのだなぁと、感心。
 あるいは、自分がそれだけ歳を取ったということかも……。(;^^A
 
 欲を言えば、畳の上でいただきたかった。
 ロビーの椅子では、雰囲気がよろしくない。しかも、サーヴィスというかPRというか、かの名番組『極める』の、萬福寺を紹介した回のヴィデオをかけてくれたりするのだ。
 妖之佑のお家は、食事の時はTVを観ない。だから落ち着かなかったの。残念。
 
 大きなお寺は、どーしても観光地化してしまうのだなぁ。と、少しがっかり。
 
 
 境内のどこかでは、鴬がよく通る声で鳴いていた♪
 
 
 
 伏見。
 
 いわずと知れた、全国に無数に存在する伏見系稲荷の大元、伏見稲荷大社がある。
 いっぺん、例の朱鳥居の群れをくぐってみたかったのよねー。
 
 実は、ただそれだけだったりする。
 奥の奥まで進む根性は、その時点で残ってはいなかった。
 
 
 それよりも、稲荷駅の前にある個人経営の家電屋さんが気になったりする。
 
 大阪に本社を置く某大手電気メーカー系のお店なのだが、ピンクレディーのポスターが貼ってあったのだ。
 昔販売されていた「ペッパー」という名のポケット・ラジオの販促ポスターだ。
 なんで?
 と思い、店を覗いてみたかったのだが、ご主人らしいおっちゃんがケンタッキーおじさんよろしく入り口につっ立ってるもんだから、ジロジロと見るわけにもいかず、その場をあとにした。
 昔を振り返るキャンペーンとかでも、やってるのかしらん? あのメーカーさん。
 あるいは、あのお店の新陳代謝が極端に悪いのかも……。
 だとしたら、ホコリかぶった品物が裏に残ってることもあるかも……。
 
 ああ、入ってみるべきだったかなー。
 
 って――
 お稲荷さんと、全然関係ないじゃん。
 
 
 ポニー伯爵さまへ私信・2
 伏見稲荷の境内では、紅白の衣装に身を包んだ、ぽにてならぬひっつめ髪の巫女さんがいっぱいでしたよー♪
 
 
 
 天気が良かったのは何よりなのだが、紫外線が強いのか、妙に疲れた。
 これからの季節、お出かけには帽子が必須かもしれない。
 
 


 
■2001/06/03 (日) (旧暦 閏卯月十二日)
 
 
 まだ梅雨入り前だといふのに、
 
 
 
 スイカを喰った♪
 
 
 
 暑いから、美味かった。
 
 


 
■2001/06/04 (月) (旧暦 閏卯月十三日)
 
 
 またまた、C**Lさんが、やってくれた。
 
 編集画面のデザイン変更をなさったようなのだ。
 
 それだけなら、いちおう問題はない(実は、それだけでもあるのだが)。
 
 だが…………。
 
 
 編集できなくなった!!
 
 
 
 正しいパスワードなのに「パスワードが違います」と出て、
 正しいユーザー名なのに「ユーザー名が違います」と出て、
 運良く入れても、そこから先に進めない。
 
 C**Lさんって、手を加えるたびに、どんどん悪くなる。
 まるで、マンガにあるよーな、お父さんの日曜大工だ。
 
 なんとかしてほしひ。(T-T)
 
 


 
■2001/06/05 (火) 芒種 (旧暦 閏卯月十四日)
 
 
 編集はできるようになったが……。
 編集画面がかなり重くなった。ラジオ・ボタンだらけになったからだ。
 上下のスクロール幅も、思いっきり増加し、一気に面倒になった。
 
 C**Lがジオに勝っていた「オン・ライン編集のしやすさ」という唯一のアドバンテージが消失した。
 
 オフ・ライン閲覧ができないことを考えれば、もはや、C**Lという無料スペースを選択する意味はない。
 問題が皆無というわけではないものの、現時点で比較すれば、ジオの方が優れている。
 
 これからは、C**Lの無料スペースを勧める人やサイトは、いなくなることだろう。
 妖之佑としても、もはや、とてもじゃないが、人様には、お勧めできかねる。「おやめなさい」と言ってあげるのが人の道である。
 
 自分で自分の首を締めてるって、判ってるのかね? C**Lさん。
 
 


 
2001/06/07 (木) (旧暦 閏卯月十六日)
 
 
 ジオシティーズさんのHP編集画面、ファイル・マネージャがデザイン変更された。
 
 いや、スッキリしたわ♪ これまでより軽いし。
 
 某所が激重になったのと対象的。これぞ改善・改良なのよねー。
 まさに、捨てる神あれば拾う神あり――使い方、違うね。
 
 
 昨日が「望」だったのだが、今宵のほうが、月が綺麗だ。
 風も、梅雨にしてはひんやりしていて、肌に心地良い。
 こーゆー夜は、眠るのがもったいないのだ、本当は。
 
 


 
■2001/06/08 (金) (旧暦 閏卯月十七日)
 
 
 母上が魚を買ってきた。今宵の夕餉用にだ。
 んが、その魚が――
 
 
 
 なのだ。
 
 ウチの母上の学習能力は、さほど高くない。(;^^A
 過去に二度、売り物の鮎で、嫌な思いをしたことなど、ケロッと忘れているらしい。
 
 焼いてみたが、案の定、脂ギラギラだった。
 
 だからぁ、養殖の鮎はあかん言うたやろぉ。
 
 母上。どうか、今度こそ記憶にとどめてちょうだい。
 
 


 
■2001/06/11 (月) 入梅 (旧暦 閏卯月二十日)
 
 
 むっふっふっ♪
 えっへっへっ♪
 いっひっひっ♪
 くすくすくす♪
 きゃいきゃい♪
 
 いやー、嬉しーなー。
 ねーねー、リンク用の新しいバナー、見てくれた?
 いーでしょー、ねー?
 
「THE'TA Shop」さん、最高!
 みねのもみぢばさま、最高!!
 
 ばんざーい、ばんざーい、ばんざーーーーいっ♪
 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
 
 さーて、今度はどこで自慢しよーかしらん。
 ¢(^ ^ )
 
 
 ↑かなり舞い上がっているらしひ。
 
 


 
■2001/06/12 (火) (旧暦 閏卯月二十一日)
 
 
 オーダー・メイドの快感♪
 
 いきなりタイトルっぽく。
 で、どーゆーことかってーと。
 新リンク・バナーがお気に入りなの。
 これが、オーダー・メイドなのだ。
 
 注文する時の、イメージ作りと、それを説明するための言葉選び。
 きちんとしておかないと、誤解を招き、考えてたのとまったく違うものができてしまう。だから、慎重に注文書を書く。
 
 で、完成品が届き、自分の意図したことがきちんと先方に伝わったことを知った際の快感。
 そして、自分の意図をくみ取って、それを何倍にも増幅・成長させてくださった作品をいただけたという喜び。
 
 相手と直接会話できないがゆえのリスクを乗り越えた、達成感というのは、言いすぎか。
 
 でも、とにかく、これは楽しい。
 実生活では、お金がかかりすぎるため、とてもできないオーダー・メイド。
 ネット上での、バナーの注文は、充分、その代わりになってくれている。
 
「THE'TA Shop」の、みねのもみぢばさま。
 本当に嬉しいです。
 また、よろしくね♪
 
 皆様も、バナーがご入り用でしたら、どうぞ「THE'TA Shop」さんに行ってみてくださいませ。「宿坊」のリンク・ページ、素材屋さん系から飛べますから。
 無料で早くて丁寧・綺麗。
 ほんま、お薦めでっせー。(^o^)/
 
 


 
■2001/06/13 (水) (旧暦 閏卯月二十二日)
 
 
 今更なのだか…………。
 
「1900」自爆しちゃったよぉ!
 
 以上。
 
 


 
■2001/06/15 (金) (旧暦 閏卯月二十四日)
 
 
 ウチの「庭」のカラスが増えた。
 
 なんでかな〜?
 
 


 
■2001/06/16 (土) (旧暦 閏卯月二十五日)
 
 
 おおおぉぉぉっ!
 うっかりしてたぁぁ!!
 今夜は、
 
 ル・マン24時間耐久レース
 
 のスタートなのだぁっ!
 時計、フランス時間にしなくちゃ♪
 
 
 という訳で、今夜のテレホタイムは、妖之佑はネットには、おりません。
 
 


 
■2001/06/17 (日) (旧暦 閏卯月二十六日)
 
 
 今年のル・マン、荒れてますぅ。
 スタート早々の、あの雨!
 スリック・タイヤで、川となったユノ・ディエールを走るのは、スリルなんてものではございますまい。
 
 ただ、クラッシュ続出の割には、05:50(JST)現在の生存率は、高いほうですな。
 心配なのは、雨ゆえの電気系統への負担と、オーヴァー・クール。
 
 これからのナイト・セッション。何が起きるか判りませぬ。
 悪魔は、どの車に爪を立てるのでありましょうか。
 
 
 にしても、ベントレーの車体色のブリティッシュ・グリーン、いいですねぇ♪
 
 それと、ル・マンの観覧車には、乗りたくないっス。(;^^A
 
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 結局、サルテ・サーキットの夜が明けてみれば、生存率は約五割。
 例年と大差ないようだ。
 
 アウディも半分になった。
 ベントレーの一台は健在。童夢も一台健在。
 寺田さんも頑張っておられるようだ。
 
 また、ラスト一時間あたりに、何かがあるかも……。
 
 にしても――
 
 ゴールの中継のみ、いっつも録画なんだよなー。
「日曜洋画劇場」、そんなに偉いんかい? (;^^A
 
 


 
■2001/06/17 (日) ル・マン24時間耐久レース
 
 
 今年も終わった。
 
 毎度なのだが、最終ラップになり、沿道のマーシャルの皆さんが、旗という旗(赤だろーと黄だろーとお構いなく♪)を振り回す画に、グッとくる。
 このレースのドライヴァーをするなら、一度はフィニッシュ・ドライヴァーにならないといかんね。コックピットから見るあの旗の乱舞は、きっと感動的なはずだから。
 
 
 結果は、ある意味、予測通りにアウディの二連覇で幕を閉じた。
 
 が、それよりも、71年ぶりに参加のベントレーが、三位入賞というのが、凄い。
 かつて5勝(1924、1927〜30)したとはいえ、71年も経てば、人も完全に入れ替わってるわけだし、ノウ・ハウだって、全く通用しなくなってる。
 つまり、実質、初参戦で三位! ってワケ。
 こりゃ凄いっス。
 また、あのブリティッシュ・グリーンのクローズド・ボディがいいなー。
 これで三ヶ年計画だってんだから、来年以降が楽しみ♪
 
 残念なのは、不況のせいか、日本車の参戦がなかったこと。いちおう、童夢が二台あったが……。
 ただ、日本人があちこちに参加しているのが嬉しいのと、なんか鼻高。
 ベントレーの車の取りまとめもそうだし、クライスラーには、近藤真彦氏と荒氏がドライヴァーを勤めてらっしゃる。
 そして我らがMr.ル・マン、寺田陽次郎氏もプジョーのお手伝い。
 つまり、外国のティームから依頼される日本人が増えてきているってこと。
 
 
 欲を言えば、寺田氏には、やはりロータリー・エンジンを駆ってほしい。
 1991年にマツダが、787B(R26B型4ローター、700馬力!)で感動の優勝(捕らえろ! シルヴァー・アローのザウヴァー・メルツェデス。来るか! シルクカット・ジャグァー。……いや〜、あの時ャ、泣いた〜〜)し、その翌年にレシプロ車で参戦したっきり、マツダはル・マンへの参加取り止めを発表。
 以後、系列社マツダ・スピードからの参戦となるが、当然ながら、ファクトリーのような好成績は期待し辛い。
 90年代後半には、マツダ・スピードの参加もなくなり、氏は、あちこちのティームを渡り歩いて、毎年、ル・マンに出場されている(今回で23回目!!)。
 
 一つには、ル・マンのレギュレーション(「レシプロ」の記述)のせいもあるのだが。
 んーでも、ル・マンは、パリ・ダカみたく、毎年レギュレーションが変わるので、将来的に、ロータリーのプロト・カー参加の可能性がない訳ではない、と、妖之佑は期待を持っているのだ。
 
 それに、ル・マンの本来の姿は市販車での耐久レースなのだから、RX−7(あるいはRX−8か?)を使えばいいのだし。
 一時期、市販車優先のルールになったこともあった。あの時は、RX−7、GT−R、NS−Xなど、国産名車のしのぎ合いで、見ていて楽しかった(けど、マクラーレンF1は、反則だよねぇ……笑)。
 
 あとは、マツダの企業としての業績さえ好転すれば…ね。
 
 
 文句を言いたいのは、TV朝日さん。
 
 頼むから、東京スタジオは、やめてちょうだい!
 現地の雰囲気に浸りきりたいのに、あれでメチャクチャ興醒めするのよぉ。
 大熊アナには悪いけど…。無理に感じを出そうというのだろうが、彼のざーとらしいツナギ姿やらレーシング・スーツ姿やらを見るにつけ、嫌になってしまうのだ。
 これだけ通信技術が発達した21世紀、現地からだけでも大丈夫でしょう?
 どうか来年は、お願い!
 
 それと、ゴール・シーンが録画ってのも、シラケてしまうの。
 そりゃ『日曜洋画劇場』も大切だろうけど、年に一回のことじゃない。
 生でやってェ!!
 
 
 でも、一番の切望は、マツダの復帰。
 ロータリー・サウンドよ、ル・マンに帰れ!
 
 


 
■2001/06/18 (月) (旧暦 閏卯月二十七日)
 
 
 今、足がムズムズした。
 動かした。
 
 と。
 
 目の前を小さな影が横切る。
 
 
 蚊だ!
 
 
 反射的にパチンとはたく。
 やった。
 
 勝ち誇って手を見る。
 
 
 なんじゃあ〜、こりゃあ〜!?
 
 
 一面、真っ赤っ赤でした。
 いったい、どんだけあたしの血ィ吸ったん?
 
 


 
■2001/06/19 (火) (旧暦 閏卯月二十八日)
 
 
 どうにも、喉が痛い。これは風邪の症状だ。
 
 春には、ほぼ毎年ひくのだが……。
 夏風邪なんて、記憶の範囲では、生まれて初めてじゃないかな?
 
 うむ。初体験ですな。
 
 


 
■2001/06/20 (水) (旧暦 閏卯月晦日)
 
 
 今日は、鞍馬寺の竹伐り会式があったはず。
 ニュースに流れたのかしらん?
 
 体がだるくて、TVも満足に観ていないのだ。
 更新も大したことが、できないでいる。
 
 なのに掌編アップとは、これいかに?
 はあ、しんどかった。
 
 


 
■2001/06/21 (木) 夏至 (旧暦 皐月朔日)
 
 
 朔、つまり新月。
 つーことは、日食の可能性のある日。
 
 というわけで、アフリカの方では、皆既日食が観測されたそうな。
 考えたら、私は、あのダイアモンド・リングを、この目では見たことがない。いつもTVの画像でだ。
 なんか、淋しい気がする。
 
 
 ところで。
 やっぱ、こないだのアレ、竜巻だったらしい。
 
 


 
■2001/06/30 (土) 夏越祓 (旧暦 皐月十日)
 
 
 一年の半分が終わってしまった。
 過ぎてみれば、早いもの。
 
 しかし――
 10日も放っておくと、日記の書き方を忘れてしまっているのに気づく。リハビリが必要かも。
 
 
 あ、そーいえば、茅の輪、くぐりそこなったな。
 
 

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