第1話
 
     ×クロアリの秘密


作 妖之佑

 
 
 
 
 どこまでも広がる砂の海。
 容赦ない強烈な太陽の光の下、生き物など影も形もなく、動くものといえば風に舞う砂ぼこりのみ。
 そんな死の世界に、姿を現わしたものがある。
 ゆっくりと、しかし確実に前に進んでいるそれ。
 煤けたオリーブ・ドラブのサイド・カー付きバイクであった。
 ライダーは、この灼熱地獄にもかかわらず、厚手の白い――ただし砂にまみれて黄ばんでいるが――服に身を包み、ヘルメットとゴーグルと砂よけのマフラーで顔を覆っている。
 やがてバイクは、砂漠のど真ん中にポツンと建っている建物に近づいた。
 それに呼応するかのように、中から錆びつき気味のAKライフルを携えた兵士が数人出てきた。
「よおし、止まれ」
 一人の若い兵士がバイクに向けて手を挙げる。残りの兵士たちは銃を構える。
 指示に従い、停止するバイク。
「パスポートとヴィザを」
 ライダーが差し出した物に目を通す兵士。
「あん? 運搬許可証? おいっ、こりゃパスポートじゃないぞ。どういう――」
 そこまで言って口をつぐんだ。目の前のライダーがゴーグルとマフラーを外したからだ。
「し…しろく……ま?」
 兵士のもらした言葉のとおり、バイクを駆っていたのはシロクマ、正式にはホッキョクグマであった。体をゆさゆさと揺すり、毛に付いた砂をふるい落としている。
「いったいどういうことだ!? おいっ!」
 混乱し、シロクマに銃を突き付けて尋問を始めようとする。当のシロクマは、自分の右手をペロペロと嘗めている。
「俺をナメてるのか、この野郎」
「待てよ。クマが喋るかよ。いちおう書類全部を見てみようや」
 髭をたくわえた年輩の兵士が口を出した。その助言に平静さを取り戻し、あらためて許可証を見る。
「『荷物:曲芸用シロクマ一頭。差出人:じゃぱねすく・アニマル・タレント・センター、カイロ支店。送り先:タイール共和国テニャール市、お大尽ペット・ショップ御中。なお、人手不足のため、シロクマ自身に自分を運搬させます』って、なんなんだよ?」
「ふーん、商品自身で送付するとは、たいしたタレント熊だな、こいつは」
 うろたえる若い兵士とは対照的に、顎髭を撫でながら感心しまくる年輩兵士。
 誉められたのが判るのか、シロクマは得意そうに胸を張る。
「いいんじゃないか。通してやって」
「しかし……」
「俺たちの任務は、国境を出入りする人間のチェックだ。動物は対象外だよ」
 その言葉に間違いはなかった。が、血気盛んな若者には納得しがたいものがある。
「判りました、軍曹。ですが、荷物だけは調べましょう。サイド・カーに何か物騒な物が積まれているかもしれません」
「自分も同感です」「荷物チェックは、すべきであります」
 それまで二人のやりとりを見守っていた他の兵士たちが口々に意見を言う。
「やれやれ、みんな仕事熱心だな。――じゃあ、サッサと済ませて中に入ろうや。外は暑くてかなわん」
 面倒くさそうに髭の軍曹は言った。同時に、言いだした若い兵士がサイド・カーの中から荷物を引っ張り出す。それを見ながら、呟く軍曹。
「ふむ……缶詰にペット・ボトル、ゴアテックス・シートに予備のガソリン・タンクか。砂漠を渡るには少々軽装だが、こいつの体力なら大丈夫なのかな?」
 顔を向けられたシロクマは、そ知らぬ顔で左手を嘗めにかかっている。
「気がすんだか?」
「いえ、何かあるに決まってます。サイド・カーを分解すべきです」
 その言葉に一瞬、シロクマが反応した。
「おいおい。バラすのは簡単だが、元に戻せるのか? 貴様」
 心配そうな軍曹の声に、すまして答える。
「戻す必要などありません。荷物のチェックさえできれば、いいのです」
「車が無くなって荷物が届かなくなって、送り主や受取人は、どうなる?」
「知ったことではありません」
「バカ野郎!」
 怒鳴り声とともに、若い兵士は三メートルほど吹き飛んだ。軍曹のパンチを喰らったためだ。
「そういう考えだから、俺たちの国は周りから嫌われてるんだよ! 判らねーのか!? だいいちなあ、お大尽ペット・ショップっていやあ大金持ちしか相手にしないんで有名な所だ。絶対に軍にとんでもねー額の賠償請求が来るぞ。もちろん軍は応じない。ツケは俺たちに回ってくる。貴様が一生涯タダ働きするのは勝手だがな、俺の退職金や軍人年金まで台無しにするのは許さねえ!」
 怒り心頭に達した軍曹は、すでに腰のマカロフ拳銃を抜き、砂に倒れたままの兵士に銃口を向けている。周囲の兵士たちは、金のことを言われて、及び腰になっている。軍曹を止める様子はなかった。
 とんとん。
 そんな中、軍曹の肩をシロクマが叩いた。
「え?」
 不意をつかれて顔を向けた軍曹の眼前に、大きな瓶があった。
「こ…こりゃあ、ワインのマグナム・ボトル?」
 うんうんと頷くシロクマ。
「くれるのか? 俺たちに」
 再度うんうんと頷く。そして、殴られた兵士に近づくと手を貸し、立たせてやる。
「お…おまえ、あんな事を言った俺をいたわってくれるのか? いい奴だったんだなぁ、おまえ…………す…すまない!」
 感極まり、シロクマの胸にすがって泣きだす。
「俺も悪かったよ。ぶったりして。――貰ったこいつで仲直りだ。なあ」
 言いながらマグナム・ボトルを持って建物に入っていく軍曹と部下の兵士たち。
 それを見届けてから、シロクマはおもむろにバイクを出した。
 
 
「も〜い〜かい?」
 それから数キロほど行った頃に、サイド・カーから、やや苦しそうな声がした。その声に応じてバイクを止めたシロクマが、サイド・カーに詰め込まれた荷物を引きずり出し、さらに奥の樹脂板を鋭い爪で引き裂いた。
「ひっぱって」
 言われるままに、両手を奥に突っ込むシロクマ。
 サイド・カーの爪先部分から出てきたのは、汗にまみれたカーキー色のフィールド・ジャケットを着込んだ体、それを弓なりにしたままの黒髪の東洋人娘であった。
 多少日に焼けた感はあるものの艶やかな肌と、そして深く黒い瞳が特徴的である。が、今はその瞳も苦痛に曇っている。
「か…固ひ…………固まってる」
 脂汗を垂らしている娘の体をひょいと持ち上げると、シロクマは両腕に力を入れた。
 ばきばきばきっ!
「ぶぎゃああああ!!!!」
 砂漠に轟く、新聞紙を破るような女の悲鳴。
「あ痛たたたた……。整体でも、ここまでひどくないよぉ、シロクマくぅん」
 ようやく動けるようになった娘が、涙のにじむ批難の目をシロクマに向ける。
 シロクマはすました顔で、来た方向を指差した。
「判ってるわよォ。こーでもしなきゃ、面の割れたあたしは国境越えられなかったってんでしょー。判ってるだけに、悔しいのー」
 言いながら首を左右に振る。ゴキゴキと音がする。
「でも、帰りは別の方法にしよ。もー引田天功まがいの芸はごめんだよォ」
 そう言っている間にも、シロクマはさっさと荷物を片付け、サイド・カーの座席にちょこんと座った。
 時間がないぞと言わんばかりに、進行方向を指差す。
「だからァ、判ってるってばァ」
 いちいち指図されるのがシャクに触りながらも逆らえずに、娘はバイクのシートに跨ると、キック・ペダルを蹴り下ろした。
 太い排気音とバルブの金属音が生じる。
「行くよ、シロクマくぅん」
 こくりと頷くと、シロクマはすぐにイビキをかき始めた。
「呑気なんだー」
 苦笑しながら、娘はバイクを動かした。
 
 
 じゃぱねすく普及委員会。略称、JWC。
 古き良き日本文化が廃れないように、日本だけでなく世界中に、その魅力を広めることを目的とした団体の名称である。
 無論、お約束のとおり、これは表向きの顔である。
 真の顔は、悪事の限りを尽くした上にその責任を日本になすりつけようとする不埒な輩に敢然と闘いを挑む秘密組織なのである。
 世界各地に派遣されたエージェントたちによって、その困難な任務が日夜遂行されている。
 そして、アフリカ大陸の砂漠地域に派遣された一派を「デザート・エージェント」と呼称する。
 今、シロクマを横に乗せ砂漠を疾走する黒髪の東洋人娘、コード・ネーム「さくら」は、そんな選りすぐりの“D.E.”の一人なのであった。
 
 
「う〜〜、時間、間に合うかなァ……」
 古びたドニエプルMT−10を操るさくらは、スロットルを握る右手をそのままに、左手を顔の前に挙げた。
 オレンジ色の文字盤と太い針が目に入る。三時を回っていた。
「あ゛〜〜〜〜っ!」
 さくらの大声に、寝ていたシロクマが何事かと跳ね起きた。
「たいへんだよぅ〜、シロクマくぅ〜ん」
 すがりつくように相棒を見るさくら。シロクマの表情も真剣なものに変わる。
「お茶の時間、過ぎちゃったァ!」
 ぼこっ。
 一発かまして、シロクマは昼寝に戻った。
 どやしつけられた頭をさすりながら、さくらは運転を続ける。
 
 
 やがて何本かの鉄塔が砂丘の向こうに見えてきた。放棄された日本系企業の油田跡である。
 と同時にさくらはエンジンを止める。
「あれね、今回の目的地は。――ほらァ、シロクマくんも一緒に押・し・て・よォ」
 言われたシロクマは、渋々ながら焼けつく砂地に降り、さくらと共に、沈黙したドニエプルを押した。
 二人(?)して砂丘の裾までバイクを押す。そしてそこにバイクだけを残し、砂の斜面を登る。サラサラと流れ落ちてくる砂がうっとうしい。
「ああ、しんど。――さてと」
 砂丘の頂に腹這いになると、腰のポウチから小型の双眼鏡を取り出すさくら。一キロほど先にある建造物群に視線を向け、接眼レンズをそのまま目に被せた。
「な〜る。廃棄されたってゆーのに、鉄砲持った門番さんがいるなんて、メチャ怪しいわね。おまけにメーカー不詳の鉄砲だしー」
 そこで双眼鏡から目を離し、相棒の顔を見る。
 頷いたシロクマは、左の後足で首の後ろを激しく掻く。すぐに小さな毛玉が砂の上に落ちた。
 さくらは拾い上げ、クシャクシャの毛をほどく。やがて、小さな紙切れが姿を見せた。
 それを丁寧に広げ、細かな日本語を読み上げる。
「『指令書。目的地の施設に潜入し、 クロアリ研究の内容調査および、研究設備の破壊を遂行せよ』……ってサ。なんで砂漠の真ん中でクロアリさんの研究なんだろね? だいいち、それのどこが悪事なのかしら?」
 ――それを調べるんがワイらの仕事やねんで。このスットコドッコイ。
 シロクマが喋れたら、こう言ったであろう。ちなみに彼は、日本は関西の、とある動物園出身である。
 ――にしても、なんでクロアリやねん? いや、それよか「クロアリ」の前に一文字分空いとるんが、メチャ気になるわ。ちゅーても、この阿呆に言うても無駄やしなあ……。
 そんなシロクマの冷たい視線に気づきもしないさくらは、考え込んでいた。
「でも、どーやって入り込むかよねー。やっぱ、夜まで待つのがベストかな? う〜ん」
 とんとん。
 そんな悩める乙女の肩を叩くシロクマ。
「何? 何かいいアイデアがあるの? シロクマくぅん」
 訊き返すさくらに対し、ニタッと笑って大きく頷くシロクマであった。
 
 
「なんだ、あれは?」
 油田施設の入り口、守衛室の窓から外を見ていた戦闘服姿の男が声を上げた。
「どうした?」「なんだなんだ?」「いいとこなんだぜ」
 奥でカードを楽しんでいた四、五人の同様のなりの男たちが窓際に集まる。
「バイクか?」「こっちに向かってるなあ」「おいっ、ボヤボヤするな!」
 誰かが怒鳴り、全員が自動小銃を手に駆け出した。
 施設に向かって走ってくるサイド・カー付きのバイクに照準を合わせる。
 数発の銃弾が警告として発射された。が、バイクは止まったり引き返したりするそぶりを見せない。
「よおしっ、相手の敵意は明白だ。撃て!」
 にわかに沸き起こる銃声と硝煙の嵐。その弾幕の中を涼しげに疾走するバイク。
「し…信じられねえ! 弾をよけてやがるぜ!」
 撃ちながら一人が叫ぶ。
「ふざけやがってえ……たかがバイク一台にここを突破なんてされたら、俺たちみんな厳罰モンだ!」
 その言葉に全員が懸命に射撃を続ける。が、一向に当たりはせず、とうとうバイクが彼らの目の前まで接近した。
「ク…クマ?」
 そう。華麗にバイクを操り弾幕を鮮やかにすり抜けていたのは、シロクマであった。
 その横、サイド・カーには、必死にシートにしがみついている東洋人娘、すなわちさくらの引きつった表情があった。
 と、ドニエプルが急ターンをした。その遠心力により、サイド・カーのさくらが放り出される。
「あ痛っ!」
 物騒な門番たちの目の前に尻餅をつくさくらをそのままに、シロクマの駆るMT−10は走り去っていってしまった。
「へ…………?」
 何が起きたのか判らないまま、銃口に囲まれ、両手を挙げるしかない、哀れなデザート・エージェントであった。
 
 
 さくらは、何もない殺風景なコンクリート壁の部屋に入れられていた。五メートル四方ほどの広さである。手足を拘束されてはいない。ただ閉じ込められているだけだ。
「捕まえたまま、尋問も拷問もなしか……。どーゆーつもりなのかしらね」
 ひととおり脱出口を探しはしたものの、小窓一つないのでは、どうしようもない。
「アリさんとかなら簡単に脱走できるのになー。あ、そーいえばクロアリの調査なんだっけ、今度の仕事。ま、捕まっちゃあ、どーしよーもないけど……ん?」
 そこで自分が捕らえられてしまったいきさつを思い出す。
「……あンのシロクマ野郎ってばァ……生きて出られたら憶えてなさいよォ」
 拳をふりかざして言う。とはいえ、出る算段などつかないさくらである。
 と、壁の一部が音を立てて開いた。
「!?」
 顔を向けるさくらだが、すぐにがっかりした目になる。
 開いたことは開いたが、せいぜいスナトカゲが出入りできる程度の小さな穴が現われただけだったのだ。
「ごはん代わりの固形食料でもくれるのかしら? 何も出ないよりはいいけど」
 そんなさくらは甘かった。出てきたのは、列をなす黒い点々だったのだ。
「何? これ?」
 思わず後ずさるさくら。
 かまわず次から次へと穴から出、部屋の床にきちんと整列していく黒い点々たち。その統制された動きに、さくらの目が奪われる。
「アリさんだァ」
 今回の任務の対象であるクロアリ。それが点々の正体であった。
「にしてもよ……なんでこんなに行儀よく?」
 と、アリたちの並びが変化した。
「ウソ!?」
 さくらの驚きは無理もなかった。
『ここに来た目的を述べよ』
 アリの行列は、そう文を綴ったのである。
「目的って…………えーと、そ! 観光よ観光」
 相手がアリなのも忘れ、答えているさくら。
 すぐにアリの配列が変わった。
『嘘つきは泥棒の始まり』
「う…嘘じゃないモン!」
 首を激しく横に振り、否定する。
『こんな辺鄙な廃油田など見てどうする?』
「うっ……」
 的確なツッコミである。言い訳に困り、さくらは言葉を探す。
 ――だ…駄目よォ。アリさんなんかに口喧嘩で負けたりしたら、大和撫子のコケンにかかわるわ!
 問題の本質に気づいていないさくらは、そんなことに懸命になっていた。
「そ…それはねー、あ…あたしってばー、ゴーストタウン・フェチなのよ。そ、フェチ」
 この場にシロクマがいれば、頭を抱えてしゃがみ込んだであろう。必死に知恵を絞った結果の言い訳がこの程度では。
『ミエミエな誤魔化しは要らない。あくまでシラを切るつもりか?』
「うぅ…………」
 困りはててしまったところで、ようやく気づいた。自分が何と話しているかということに。
「言いたいことがあんなら、直接あたしに言いなさいよ! こんなアリさんを間に入れるなんて失礼でしょ!」
 列を変えるアリたちにはもはや目もくれず、さくらは大声で怒鳴った。
 すると今度は壁にドアが現われ、開いた。
 
 
「放してよォ! レディの腕をわし掴みなんて、失礼でしょ!? やめてってばァ! 汚い手形が付くゥ!!」
 両腕をいかつい男たちに取られたまま廊下を連行――別に相手は警察でも軍でもなさそうだが――されるさくらは、精一杯の抗議と抵抗を続けていた。だが通じるはずもなく、やがて通路の突き当たりの部屋に通された。
「ようこそアル、砂漠的手下、ミス・さくら嬢。チミのような有名芸人にお会いできて光栄アルね」
 いきなり妙チクリンな日本語で声をかけられた。
 見れば、豪華――というよりもいささか悪趣味――な部屋の中央、毛皮張りのソファに腰掛け、ブランデー・グラスを片手にカップ・ラーメンをすすっている人物が、ニヘラニヘラと笑っていた。
 床に届こうかというほどの長さのドジョウ髭、その真似をしたかのような長い眉毛、絵に描いたような尖った鈎鼻、顔中を覆う数多くのしわ、落ちくぼんだ、しかし鋭い目。
 見る者を嫌悪感にいざなう悪意に満ち満ちた邪悪な雰囲気を持つ、古いタイプの中国服――カンフー映画で拳法使いなどがよく着ている――姿の老人である。
「始めましてアルね。ワタシ、ココの責任者の、珍(チン)教授アル。ドゾ、お見知りオキを」
 バカ丁寧に頭を下げると、カップの麺をすすりに戻る。そして箸を使いながらも、話を続ける。
「先ほどは失礼したネ。研究成果を部外者相手に試してみたかたアルヨ」
「ネギ、付いてるわよ」
 さくらが、老人の長い髭を顎で指し示す。
「ア、謝々」
 慌てて髭に手をやる珍。
「いかがアルか? ワタシの研究」
「研究? あれが?」
「そうだヨ。アリを自由に操る研究ネ。興味深いダロ?」
 少し考えていたさくらだが。
「そんなことしてサ、どーすんの? アリのサーカスでも始めるワケ?」
「ホッホッホッ」
 さも愉快そうに笑う老人。
「チミ、日本人にしてはジョークがジョーズ。気に入たアル」
 メンマを口に入れ、喋り続ける。
「大きなダムも、高〜いビルも、アリの穴から崩れるネ。アリは完璧な破壊工作員アル」
「つまり、アリさんを意のままに動かせれば破壊活動は思いのまま。面倒で時間のかかる人間の訓練なんか必要なくなるってワケ? なーる」
「判てたクセに、おトボケもジョーズね、チミ」
 カップのスープを飲み干すと、老人はおもむろに立ち上がった。小柄なさくらよりも、なお小さかった。
「サアテ、本題に入るアル。さくら嬢。折り入ってチミにお願いがあるアル」
「これが人に、それも年頃の娘に対してお願いする態度かしら?」
 自分の両腕を掴んだままの両脇の男たちを交互に見るさくら。
「オウ、これは失礼したアルね。――チミらは外で待ってるヨロシ。用があれば呼ぶアルから」
 命令のままに、男たちはさくらを放すと、部屋から出ていった。
「ササ、座るといいネ。何か飲むアルか?」
「そーね、紅茶か緑茶はある?」
 勧められたソファに、ゆったりと腰を下ろすさくら。
「悪いアル。酒は色々あるアルが、お茶は烏龍茶だけネ」
 そう言うと、珍は指を鳴らした。
「烏龍茶ならイイのが揃ってるアルよ。福建省の一級茶葉はいかがアルか?」
 部屋の隅に立っていた西洋鎧騎士の像が突然動きだし、サイド・ボードに向かうと、カップを選びはじめた。
「…………」
 言葉を失うさくら。その表情を愉快そうに見つめる珍教授。
「ワタシの作た召使いアル。これがあればヨメさん要らずネ」
 ――ってゆーか、お嫁さんなんて来てくれないっしょ?
 腹の中で言う。
「砂漠を渡ってきて喉渇いたでショ。飲むヨロシ。月餅もあるアル」
 さくらの腹の内にも気づかず、大理石のテーブルに並んだティー・セットを扱い、月餅をいそいそと勧める。
「どーも」
 気に入らない相手ではあるが、砂漠での水と食料は貴重である。さくらは素直に、ふるまわれた物を口に運んだ。
 しばらくその様子を眺めていた教授だが。
「じゃぱねすくのサラリーは、いくらアルかね?」
「ふえ?」
 月餅を口に押し込んだまま、顔を上げるさくら。
「どゆこと?」
「今のチミの収入はどのくらいあるアルか? と訊いてるアル」
 珍はマホガニーのシガー・ケースから取り出した太い葉巻をくわえながら言った。
「悪いけど、せっかくの一級茶葉の香りを壊したくないの」
 小さく、しかし鋭くさくらのツッコミが入る。
「こ…これは失礼したアル」
 火を点けようとしていた大型ライターをテーブルに戻す。
「……で、いくら貰ってるアル? いくらであっても、ウチはそれ以上の額のサラリーの用意があるアル」
「あたしを誘ってるの?」
 茶をすすりながら頷く教授。
「なんで?」
「チミの実力を見込んでのコトね」
「実力……? そ…そんなァ♪」
 まんざらでもない様子のさくら。
「ホントに今よりたくさんくれるのォ? お給料」
「ホントホント。ワタシ嘘言わないアル。中国四千年の歴史と伝統に誓うネ」
 ――これは人生の転機かも…。だって、今のトコってばお給料安いしィ、不払いも時々あるしィ、安定してないしィ、将来性ないしィ、そのクセ仕事キツくてヤバイことばっかだしィ、美容にもよくないしィ、相棒には裏切られるしィ……。
 真剣に悩んでいるさくらを見ながら、珍は懐から分厚い茶封筒を取り出した。
 どん。
 重い音とともにテーブルに置く。なんと封筒は立ったままである!
「とりあえず、契約金を用意したヨ。コレ半分の前金。本契約時に、残り半分を支払うネ」
「まぢ?」
 焦った手つきで封筒の中身を調べるさくら。
「こ…んなに?」
 USドルの札束が窮屈そうに詰め込まれている。無理に取り出そうとすれば封筒が破れそうなくらいだ。
 ごくり。
 さくらの喉が鳴る。
 ――このスケベそーな爺ィに使われるってのがネックではあるけどォ、でもォ、チャンスではあるか……。
 さくらがその気になりかかっている、まさにその時。
 ズズーンッ。
 低い轟きとともに建物が揺れた。
「何アルか!?」
 怪訝な顔をする教授とは違い、さくらは気づいた。
 ――これって、ここが攻撃受けてる?
 即座に退路を探し、さくらの視線が走る。
 
 
 ぽちっ。ばふっ。ひゅるるる…………。
 何発目かのロケット弾が大きく弧を描きながら、油田施設へと飛んでいく。
 それを双眼鏡で見ながら、シロクマは次の準備にかかる。
 砂丘頂上に据えたランチャーから離れ、ロケット花火の親分のような代物を砂に斜めに刺した。そこに唐草模様の風呂敷包みを括りつけると、狙いを慎重に決める。
 携帯ビーコンで位置を再度確認。
 うん、と一つ頷くと、シロクマはジッポー・ライターを点火、ロケット花火の親玉の尻に近づける。
 ぱちぱちっ……しゅーーっ、びゅぅうん!
 白煙を残し、風呂敷包みを携えたロケット花火の親方は飛んでいった。
 その軌跡を確認してから、シロクマはランチャーのそばに戻った。
 
 
「報告はどーなってるアルか!? さっさと知らせるヨロシ!」
 次々に襲いかかるロケット弾の雨アラレに、焦って受話器に怒鳴る珍教授。
 その隙をうかがいながら、そぉ〜っと部屋から抜け出そうとするさくら。無論、札束入りの封筒を掴んでいる。
 その眼前に、天井を突き破って、ロケット花火の化け物が降ってきた。
「きゃん!」
 思わず声が出てしまった。
「じっとしてるアル。下手に部屋から出ると手下に射殺されるヨ――そうアル。応戦するアル。そんな大軍が来てるハズないアルね!」
 一旦振り返り、さくらが床にぺたりと座り込んでいるのを確かめた後、教授は受話器に指示をする。
「悪いけど」
 そんな珍の後頭部に冷たい感触が生じた。
「やっぱ、あたし、ここを出てくわ。せっかくのお誘いだけど、この様子じゃ、ここも、もうおしまいみたいだし、ネ」
 唐草模様の風呂敷包みを肩から斜めに結わえたさくらが、右手のグロック19を突きつけたまま、宣言した。
「後悔するヨ」
 全身をフリーズさせたまま、教授は言う。
「そーね。ちょっとは魅力を感じたけどネ。でも、沈みはじめた船には、ネズミも残らないものよ」
 銃口の狙いはそのままに、ゆっくりとドアに向かうさくら。
「そういう意味と違うアル」
 その言葉と同時に、さくらに襲いかかる影があった。
「ちいっ!」
 さくらが9mmルガー弾の五連射を西洋鎧騎士に浴びせる。その間に珍は、油絵の裏の隠し扉の中に姿を消した。
『スカウトできなくて残念アル。この上は、チミを無事に帰す訳にはいかないアルから、覚悟するアルね』
 壁から教授の声が響く。が、その言葉を無視して、さくらは部屋の外に飛び出した。
 そこに叩きつけられる銃弾。
 だが、さくらの体は宙に舞っており、そのままの姿勢で、待ち伏せしていた珍の部下たちにグロックの弾丸をおみまいする。
 スタッ。
 床に着地した時にはマガジン・チェンジも済ませていたさくらは、そのまま廊下を駆けていった。あとには、動かなくなった手下たちだけが転がっている。
「こーなりゃ、ハデにいきましょう。ハデに♪」
 走りながら、体に括りつけた風呂敷包みに左手を突っ込む。取り出したのはパイナップル型手榴弾だった。
「ホント、用意がいいんだから、シロクマくぅんってば」
 右手のグロックにも目をやりながら笑みを浮かべるさくら。早速、目にとまったドアに、一個目の“金属果実”を放り込む。
 爆音と悲鳴を背に、さくらは次のドアを目指す。
 このさくらによる内部破壊と、外からのシロクマくん爆撃により、施設の運命は最早決定したも同然であった。
 
 
 頃合いを見計らい、シロクマはドニエプルを出した。残り少なくなったロケット弾は、オート・タイマーで撃ち出すようにセット済みである。
 一気に砂丘を走り降り、そのまま油田の敷地内へと突っ込む。
 門を通過しようとも、今度は咎める者などなかった。悪のアジトの要員たちは皆うろたえ、逃げ惑うのに必死だった。
 と、MT−10の進行方向に人影が飛び出した。が、シロクマは驚きはしない。
「シロクマくぅん!」
 その人影が叫んだ。さくらである。かなり駆け回ったのか、肩で息をしている。
 そんな相棒に、シロクマは左手を振った。
 速度を緩めることなく目の前を走り過ぎるサイド・カーに、さくらは飛び乗った。
「あ〜、づがれだ〜〜。けっこー広いんだもん、ここってばァ」
 荒れた声で言うさくら。それには応えず、シロクマは脱出を図る。
 が。
 その時である。
『よくもやってくれたアルね、砂漠的手下』
 美声にはほど遠い珍の声が響き渡った。構内放送用のスピーカーであろう。
『せっかくのワタシの研究、メチャクチャにしてくれた。コレ、とっても迷惑アル』
「ほっといて、早く逃げよ。シロクマくぅん」
 シロクマも同感であった。恨み言をがなりたてる声を背に、もと来た砂丘を目指すドニエプル。
『逃げられる思うカ? ソレ杏仁豆腐よりも桃饅頭よりも甘いネ』
 そう教授が言うのと、砂の大地が地響きを立てるのと同時だった。
「なっ、何!? ――きゃん!」
 さすがのシロクマのテクニックでも御せずに、ドニエプルは転倒した。砂の上に転がるさくらとシロクマ。
「あ痛たたたた……大丈夫ゥ? シロクマくぅん?」
 起き上がりながら訊くさくら。こちらはすでにちゃんと立っているシロクマが頷く。
『ホーッホッホッホッ♪ 見るがいいネ、このワタシの真の研究成果を!』
 教授の高笑いにかまわず、さくらはシロクマに言う。
「あんたじゃなくって、バイクよバイク! 動くのォ!?」
 ぷちっ。
 シロクマが少し切れた。
 ――こんガキャア、ワイよりバイクの心配やてぇ? マジ、どつくど、ワレ!
『ほれ、見てみるネ。ワタシの最高傑作』
 教授の声には耳も貸さず、険悪な顔で相棒を睨みつけるシロクマ。対するさくらも負けてはいない。
「何よォ、その不満そーな顔。あんただって、このあたしを敵地に放り出してくれちゃったでしょーが。あのまま拷問とかで、あんなこととかこんなこととかされちゃってたら、どーすんのよォ!? あたしがお嫁に行けなくなってたら、あんたの孫子七代まで祟ってたトコだかんねー。――もっとも、あんたみたくひねくれたシロクマになんて、お嫁さんどころか、恋人も愛人もできないでしょーけどねー♪」
 ――じゃかーしーわっ! ワイにかて、隠し子の一頭や二頭おるわい!
 そのまま鼻と鼻を突き合わせて睨み合い続けるさくらとシロクマ。ついに教授が怒鳴った。
『オマエラ! 人の話はキチンと聴くヨロシ!!』
「やかま――」
 珍教授を黙らせようと顔を向けたさくらとシロクマだが、そこで二人(?)とも凍りついてしまった。
 目の前に、真っ黒で巨大な物体が立っていたのである。
「何……これ?」
 それまでの怒りも忘れ、硬直したままシロクマに訊く。が、シロクマも答えに窮していた。
『驚いたネ? ソーカソーカ、驚いたネ? これぞワタシの研究の最高傑作ネ』
 満足げな教授の声を背にそびえ立つのは、高さ一○メートルはあろうかというクロアリであった。
『砂漠的手下、さくら嬢。チミに語った研究など、所詮初期段階のモノに過ぎないアル。最終目的は、この巨大生体兵器の開発だったアルよ。ホーッホッホッホッ♪』
 勝ち誇って笑う珍教授。対するさくらは焦りの色を隠せなかった。
「まぢヤバイよォ、シロクマくぅん。あのアリさん、きっと自在に操れるんだよォ。きっちりあたしらを追いかけるはずだよォ……」
『そのとおりネ。ホレ』
 教授のかけ声とともに、その長い脚を動かし、前進を開始する巨大クロアリ。
「急いでっ、早くゥ!」
 急かすさくら。必死に倒れたMT−10を起こそうと焦るシロクマ。
 そんな二人(?)に、巨大で凶暴なクロアリの鋭い顎が襲いかかり――はしない。
『な…何アルか?』
 珍の驚きの声に、思わずさくらとシロクマも動きを止める。
「あ……」
 あっけにとられるさくらたちの目の前で、クロアリは半ば砂に埋もれたドニエプルを顎で丁寧に持ち上げ、堅めの地面にきちんと立ててくれたのだ。
「どゆこと?」
 そんなさくらの疑問をよそに、クロアリは今度はシロクマくん爆撃によってあたり一面に飛び散ったコンクリートなどのカケラを一つひとついそいそと片付けにかかった。
 ぽんっと、さくらが手を打った。
「そっか。あの子ってば、働きアリさんなんだ!」
 なるほど! と、シロクマも頷く。
『働きアリ? 何アルか、ソレ?』
「やっだー、アリさんの研究してるクセに、そんなことも知らないのォ?」
 さくらは、チチチと左手人差し指を振る。
「アリさんの群れではねー、全員がびしぃっと仕事の役割分担されてんのよ。女王アリは卵を産むこと。雄アリは子種の供給。働きアリは労働。兵隊アリは巣の防衛ってネ」
 小学生の時につけた観察日記を思い出しながら得意げに語る。
「働きアリさんの中でも、担当が分かれててねー。女王のお世話、子育て、食料調達、巣穴のお掃除と拡張工事などなど。――この子は、お掃除担当さんのよーよ」
 さくらの解説を裏付けるかのように、淡々と瓦礫の撤去にいそしむ巨大ハウス・キーパーである。
 余裕が生じたのか、何かを思い出したように紙切れを取り出すシロクマ。
「何?」
 さくらがその手の中をのぞき込む。先に見た指令書である。
「これがどーかしたの? シロクマくぅん」
 シロクマは自分の指をペロリッと嘗めると、その紙をこすりはじめた。汚れが紙面に移っていく。
「いったい……あ!」
 気がつくさくら。指令文の「クロアリ」の前の一文字分のスペースに、隠れていた文字が浮かんできたのである。
「『マ』……ってコトはァ…………『マクロアリ』ぃ!?」
 うん、と大きく頷くシロクマである。気づいたのが、さも得意そうだ。
「ヤダッ。もっと早く気がついてよォ。おかげで、こんなヤバイことになってんだからァ」
 だが、さくらは相棒を誉めるどころか、責め立てる始末である。さすがのシロクマも、がっくりと肩を落とす(もともとなで肩ではあるが……)。
『な…なんてコトね。ワタシの研究に、そんな穴が開いてたとは、不覚アル!』
 後悔に満ちあふれた教授の声。
『ならば仕方ないアル。奥の手使うネ』
 と、不意に巨大アリが掃除の手(?)を止めた。
「へ? 奥の手…って? ……え?」
 さくらが見上げる中、クロアリが細かく震えている。
 ぐいっ。
 それまで落ち込んでいたシロクマが、さくらのジャケットの裾を引いた。
「何? シロクマくぅん?」
 そう訊くさくらだが、答を待つまでもなかった。相棒の表情から、さくらは察していた。
 シロクマの野生の勘が、危険を知らせているのである。
「急ごっ、シロクマくん!」
 慌ててドニエプルに乗り込もうとしたその時である。
 突如、クロアリが暴れだしたのだ。それもあたりかまわず。
 被害を免れていた建物が、あっという間に崩れ落ちていく。
「きゃっ!」
 そのあおりを受け、バイクがふたたび倒れてしまった。
「な…なんなのよォ、これ……?」
『コントロール・プログラムから行動制御のサブ・ルーティンを削除したアル。コイツにはもう自分で自分を抑えられないアルね』
「メチャクチャよォ!」
 さくらが怒鳴る。が、それを愉快そうに受け流す教授の声。
『何とでも言うアル。チミらさえ葬れば、万事OKネ。研究はマタやり直すアルよ。では、健闘を祈るアル』
 そして、珍の言葉は途切れた。
「シロクマくん! バイクは!?」
 ぶるぶると首を横に振るシロクマ。砂がどこかに入ったらしく、エンジンがかからないというのだ。
「まぢい、まぢいよ〜」
 自前の足だけでは、猛り狂った巨大アリから逃れるのは、困難である。
 さくらは焦った。
 と、シロクマがさくらの風呂敷包みを指す。
「へ?」
 相棒に言われるままに、中を探るさくら。
「あ」
 見つけたのは古びた、そしてヤケに大きな拳銃である。太い銃身に“Z”の刻印がある。
「これがあったっけ!」
 それは以前、どこかの国の古道具屋で手に入れた、旧式の中折れ単発銃だった。
「これなら、ひょっとして……」
 迷っている暇はない。さくらは即座にその銃の銃身を折り、高級万年筆ほどもある太いカートリッジをチャンバーに装填する。
 銃身を戻すと、畳まれていた照準器とショルダー・ストックを伸ばす。
 そんな間にも、クロアリ怪獣は迫りつつあった。
「でもォ、あたしの体で撃てるかなァ?」
 ぽんっと、シロクマが胸を叩いた。
「え? シロクマくぅんが支えてくれるの?」
 さくらの言葉が終わらぬうちにシロクマは、さくらの後ろに回り、その広い腹をさくらの背中に付けた。同時に両手をさくらの両肩にがっしりと当てる。
「ウン! 任せた!!」
 相棒にそう言うと、さくらは狙いをつけることに専念した。
 ――シロクマくぅんが支えてくれてる。
 迷いも恐れもなかった。
 ただ眼前の巨大な標的にのみ、さくらの精神は集中していた。
 そして――
「アリさん、ごめん!」
 さくらがトリガーを引く。直後に猛烈な爆音が生じ、強烈な反動がさくらに叩きつけられる。が、その力は頼もしい相棒によって砂の大地に流されていった。
「どうなったの!?」
 あたり一面を覆う砂ぼこりがおさまるまで動くこともかなわない。
「…………」
 やがて、少しずつはれてきた。
 そして、目の前に倒れ伏した艶のある黒い山を見つけた。全く動かない。
「助かった……の?」
 後ろを振り返るさくら。シロクマは一つ、しっかりと頷いた。
「やったー♪」
 さくらはシロクマに抱きついた。
 ワルサー・スチューム・ピストル。
 口径28mmの信号銃。ただし、専用の徹甲弾を使用することで、強力な対戦車銃に化ける代物である。
「やっぱ、これってば世界最強の拳銃よねー。シロクマくぅん、大感謝♪」
 これを買うよう古道具屋の店先で勧めたのがシロクマなのだから、さくらの感謝の言葉は当然である。
「じゃ、帰ろっか。晩ごはんには、まだ間に合うかも」
 シロクマも頷くと、二人(?)してバイクの砂を丁寧に払い、エンジンをかける。そして、その場を後にした。
 
 
「ところでさー、シロクマくぅん。国境越え、どーすんのォ?」
 バイクを操るさくらが頭の片隅に残していた不安を口にした。また引田天功の物真似をするのかと気が滅入っているのだ。
 しかし、サイド・カーに座ったシロクマは、ただニタッと笑うばかりであった。
 
 
 国境の検問所の建物の中では、兵士たちが、そこかしこに転がっていた。
 シロクマが進呈したワイン――痺れ薬入り♪――の成果である。
 
 
「クックックッ。さすがは砂漠的手下、さくら嬢アル。ワタシ諦めないネ。必ずチミをウチのメンバーにしてみせるアルヨ。ホーッホッホッホッ」
 瓦礫の山と化した研究所でただ独り立ちつくす珍教授は、これからが楽しみだとでも言いたげに笑った。
 さくらでなく、シロクマをスカウトすべきだと気づかないのが、珍の不幸の始まりだったのかもしれない。

 
 
 
 
 
2001.8.31.

 
 
ラインストーン

 
 
 晧晧と輝く満月、紫と黒入り混じる夜空に、
 サイドカー・ドニエプルが舞う。
 ステアリングを握るさくらが叫ぶ!
「行くよ、しろくまくぅんっ!」
 びっと親指を立て、ウインクするシロクマ。
 今、悠久の刻を経て。スフィンクスが闇に咆哮する!
 機動兵器と化した世界遺産に、どう立ち向かうっ?
 
 次回、『デザート・エージェント さくら』
『女王陛下降臨』
 ご期待くださいっ。

 
(予告編 by 笑う満月)

 
 
ラインストーン

 
 
 
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