「う〜ん……」
アタシは思いっきり悩んでいた。
ブタの貯金箱をトンカチで割って、中にあったお金を机の上にひろげたの。そしたら、百円玉が一枚に五十円玉が二枚、それに一円玉が十七枚あった。合計で二一七円……困った。あしたは二月十四日。これじゃ何も買えないじゃない。
じっと見てもお金が増えるわけじゃない。お母さんに相談しようとアタシは台所へと向かった。すると、何だか甘い香りがアタシの鼻に反応した。
「お母さん……?」
台所に入ると、お母さんは二個のボールを重ねて、茶色い何かを溶かしていた。「なにしてるの?」アタシはお母さんにそう言った。
「あら、なにしてるのって、見ればわかるでしょ? ゆきの。明日お父さんに渡すチョコレートを作ってるのよ♪ ま、愛があればチョコレートなんていらないんだけどね」
浮かれながら、お母さんはアタシにそう言った。
――あ、それいいかも。
アタシはお母さんの近くによって、思いついたことを言ったんだ。
「ねぇ、お母さん。このチョコ、少しちょうだい」
「あら、ゆきの。誰かにあげるの? もしかして、羽場翔くん?」
手を動かしたまま、お母さんはアタシの顔を見て笑った。
――ドキッ!
「な、なんであ、あんなやつにやらなくちゃいけないの?」
ななな、なんでわかるの!
「あれ、ちがうの?」
「ち、ちがうよ! そ、それよりもチョコくれるの?」
「ん〜、どうしよ〜かな〜。そうだ、ゆきのが誰にあげるか教えてくれたらあげようか」
い、いじわるだ……
アタシはシュンとしたんだけど、お母さんは、
「嘘よ、ウ・ソ。そうね、これを手伝ってくれたら、考えてもいいよ」
「え、ホント?」
アタシはその言葉に反応した。
「うん。手作りチョコをあげると、喜ばれるわよ。――そっか〜、十歳でもうあげる相手がいるのか〜。お母さんなんて、あげられなかったわよ」
「い、いいでしょ? そんなの」
あわててアタシは言った。
「じゃ、これ頼むね。ちゃんと溶かさないと変な風になっちゃうから、きちんと手を動かしてね」
そう言って、お母さんは重ねた二個のボールをアタシに渡してくれた。
「――これって、下のほうにお湯が入っているんだ……」
「そうよ。直火で溶かすとチョコが焦げちゃって、駄目になっちゃうから。覚えといた方がいいわよ」
へ〜。あとでメモしとこっと。
アタシは色々と、お母さんから手作りチョコレートの注意とかを聞きながら、一生懸命になって手伝った。
なんだかんだいって、結構遅くまで作っていたわけで……
リリリリリリッ!
アタシの耳に聞きなれた目覚まし時計の音が入ってきた。布団の外は寒く、腕を伸ばしてアタシは時計を探した。
――カシャンッ!
音は止まり、静かになった。布団の中は温かく、もう少しこのままでいようと思った……
あれっ? い、いつの間に寝ちゃったの? アタシは腕を伸ばして時計を見た。は、八時ぃ?
――ガバッ!
アタシは慌てて布団から出て、パジャマを脱いだ。
「ち、遅刻だ〜!」
少しボサボサになった髪にサッとクシを通して、後ろで黄色いリボンを使ってひとつにまとめた。
すぐタンスをあけ、お気に入りである薄ピンクに縁取られた白のワンピを着た。一応昨日のうちに、今日の時程を入れていたので、そのままランドセルを持って玄関に行った。
「ゆきの、朝ご飯は?」
台所からヒョコッと顔を出したお母さんが言ってくる。
「そ、そんなひまないの! 行ってくるね!」
アタシは家を出ると、靴を走りながらトントンと入れ、スポッと入ると一緒にすぐ走った。
「ま、間に合った〜」
机のひんやりとした感覚をホッペで感じながら、アタシは安心した。黒板の上にある時計は二十五分を指すところ。もう少しで遅刻になるところだったのだ。
「よう、遅かったじゃないか山之内」
隣の席の男子が、そんなアタシに声をかけてきた。彼が羽場翔。アタシと幼稚園のときから、ずっと同じクラスなの。サッカーがとても上手で、その時が一番かっこいいんだ。
「うん、ちょっと昨日遅くまで起きてたから……」
――カラーン、カラーン……
そこでチャイムが鳴った。ガラッと教室のドアが開いて、
「よ〜し、授業始めるぞ〜!」
先生が教壇にあがって、出席簿を開いた。
アタシは授業中、ノートの端っこに「いっしょに帰ろ」と書いて、ちぎって丸めたやつを隣に投げた。
すぐその答えが返ってきた。「わかった」だって。きったない字。
放課後。
約束どおりアタシ達は一緒に帰った。帰り道の途中、大きな広場があったので、そこで渡そうと思った。
「ちょっと待って」
アタシはしょってたランドセルをおろし、翔に背中を向けて座ってチョコレートを探した……
「あっ!」
ない。ないない! せっかく遅くまで起きて、作ったっていうのに。デコレーションもうまくいったのに。なんでないの?
「どうしたんだ?」心配そうに声をかけてくれるけど、どうしようもないよ。
あ、そっか! 学校に遅れそうになったから、冷蔵庫に忘れてきたんだ!
あぁ、こっからじゃ家は遠いし。このままなにもなしじゃ、引っ込みつかないよ……
アタシは考えた。そういえばお母さんが『愛があればチョコレートなんかいらない』って言ってたっけ。アタシはある事を思いつき、立ちあがった。
「翔……アタシのリボンほどいて」
胸がドキドキ鳴っていた。「ほどくぞ」翔がそう言って、ポニーテイルにしたアタシのリボンを優しくほどいた。
ぱさっ。
髪が肩に触れたとき、回れ右した。
近くにある翔のホッペに、顔を近付けた。
「…………」
「…………」
顔が熱かった。アタシは置いてあったランドセルを持って、走った。広場の出口で、一回振り返った。
「バレンタインだよ! 来月返してね!」
そう言って、アタシはドキドキするのをガマンしながら、一生懸命家を目指して走った。
ちなみに、私の作ったチョコレートと言えば……
「はい、あなた。あ〜ん」
「あ〜ん」
お母さんがお父さんにこんな感じであげていた。あ〜あ、見てらんない。
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