『六甲の走るババア』
伝聞脚色:笑う満月
彼は、迫り来るプレッシャーに苛立っていた。
闇濃い六甲山の下り、つづら折るワインディングロードを、何者かが追いかけてくる――
「このペースについてこれる奴が、まだいたとは……!」
彼のランサーターボは、ほぼ全力で駆けている。フルブースト1.2Kg、インタークラ―ターボは200馬力を叩き出している。
が。
彼にだけは、わかっていた。
後続のヘッドライトは見えないが、タイヤスキールも聞こえないが。
間違いなく、追いすがる『なにか』がいる、と。
時折聞こえてくる、甲高い咆哮に似た音からして、ヘッドライトを消したバイクかもしれない。タイヤの鳴りにくい車だとしたら、ケーターハムのスーパーセブンあたりか。
いずれにせよ、尋常ではないプレッシャーを放つ、なにかが迫りつつあった。
「赤いザクってわけでもないだろうに」
右に左にとタイトなS字を抜け、わずかな直線で三速のままフルスロットル。
「ここで、千切ってやる!」
道が途切れる、ガードレールの遥か彼方に神戸の夜景が浮かぶ。キツイ右ヘアピンカーブだ。右足、つま先でブレーキペダルをねじ込みつつ踵でアクセルを蹴り飛ばす。
「……くっ!」
踊るタコメーター、遊びの多いシフトレバーをセカンドに叩き込む。タイヤロック寸前の不安定なランサーターボが、パワースライド気味にヘアピンに鼻面をねじ込んだ。
きょぉぉぉおおおあっ!!
スモークさえ上げながら、2リッターターボのリアタイヤがアスファルトを蹴りつける!
数多のラリーで勝利を収めてきた三菱ランサーターボ・ラリーアート仕様は、ゼロカウンターの姿勢からコーナーを立ちあがった。電光石火のシフトアップ――ぷっしゃあっ――ブローオフバルブが鳴き、スピードメーターが跳ねあがる。
80――100――120――その時だった。
「ひょぅぅぅぅうううほおおおおおおおっ!!」
何者かが、ぶち抜いていったのは。
ヘッドライトに浮かぶ、その姿――
白いざんばら髪によれよれの着流し! 閃光の如く駆け去る老婆の後ろ姿!
「………………………………まぢかっ!?」
六甲山、そこには走り屋よりも速く駆ける謎のババアが出るという。公式非公式を問わず、ラップタイムは不明だが――腕に憶えのあるそこの貴兄、自慢の愛車で挑むがよい。どうやら、人に害を成す類では、ないらしいから。
せいぜい自信を打ち砕かれるだけだ、生命に危険は及ばないだろう。
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不評により閉鎖(T-T)とあいなりました「百物語の間」に投稿してくださった作品です。笑う満月さん、そのせつは、お世話さまでした。