第四夜
うむ。随分とまた長いことこの囲炉裏端を留守にしとったわい。
いや、ちと野暮用があっての。
さぁて、今宵は何を話してやろうかの。
そうそう。この間、妖之佑の両親が信州駒ヶ根の光前寺という所に行ってきたそうじゃ。その土産にと妖之佑のヤツが貰ったのが犬の土鈴じゃった。その名を“霊犬早太郎”と申すそうな。
昔、光前寺に飼われておった山犬・早太郎が、遠州見付で村の娘御をさらっておった神を語る怪物を退治したというのが、その云われだそうじゃ。
見付村を通りかかった旅の坊主が、村の惨状を聞きつけたのじゃ。
探りを入れたところが、その怪物が独り言を言っておるのに出喰わしおった。そっと聞き耳を立てると「信州の早太郎はおるまいな、早太郎には知られるな」と、しきりと気にしておる様子。
さては早太郎という者こそが、この化け物を退治できる御仁と確信した坊主は、すぐさま信州へと向かったのじゃ。まさか捜す相手が犬とは思わなんだのでそれなりの苦労はしたそうじゃが、ともかく、光前寺から早太郎を借り受け、めでたく化け物は退治された。化け物の正体は、歳を経た狒々じゃった。
早太郎は手傷を負いながらも何とか寺に戻りつきはした。じゃが可哀相に、そこで息絶えたそうじゃ。
土鈴に添えられておった物話を見た妖之佑のヤツはえらく興奮しおった。無論、わしはその理由を知っておるがの。
つまりじゃ。妖之佑のヤツは、その話を知っておったのじゃて。ただし、土地も名前もまったく違っておる。じゃから興奮しおったのじゃ。
妖之佑のヤツの知っておった話は『しっぺい太郎』という昔話じゃ。なんでも『まんが日本むかしばなし』というあにめぇしょんとやらで初めて知ったらしい。
宮城の桃生の伝承での。
やはりこちらも旅の坊主が中心じゃ。
とある山村を通りかかったところが、その村では、神に若い娘御を人身御供として差し出しておるという。
そんな神をいぶかしんだ坊主が隠れてお堂を見張っておると、化け物どもがゾロゾロ現われおった。
「竹箆太郎はいないのか」「竹箆太郎は今夜も来ない」というやりとりの後、連中、踊りだしおった。
あのことこのこと聞かせんな
竹箆太郎に聞かせんな
近江の國の長浜の
竹箆太郎に聞かせんな
この唄を聴いた坊主は、すぐさま長浜に向かったのじゃ。人の足で宮城から滋賀にじゃ。ご苦労なことじゃて。
じゃが、竹箆太郎という名を誰も知らん。そう。まさか犬とは思わなんだからの。
じゃが神のお導きか、たまたま道で出会った大きなブチ犬の名が竹箆太郎だと知り、飼い主から借り受け、急ぎ村に戻ったのじゃ。不思議なことに――いや、当然というべきか――竹箆太郎は己の役目を最初から理解しておったらしい。
後はお約束のとおりじゃて。猿の化け物どもとその親玉の大狒々は竹箆太郎によってすべて退治された。しかも、竹箆太郎は大した怪我もなかったらしい。
どうじゃ。よう似ておろう。
土地や名以外の違いといえば、寺の犬か普通の飼い犬かの違い、犬が助かったかどうかの違い……ぐらいかの。
スケールの点では『しっぺい太郎』のほうが上と言えるのう。なにせ宮城←→滋賀じゃからの。
面白いのは、化け物どもが遠くに住む犬一頭のみを恐れておったことと、その犬が己の役目をちゃんと知っておったことじゃ。
これも宿命・定めというやつかの。
ここで悪役となっておった狒々じゃが、別名、猩々ともいっての。人を喰うとか、娘御をかどわかすとか、悪さばかりをしよる動物系の妖怪じゃ。
中には、美しい笛の音の礼にと万能の釣り針を奏者に与えたという例外もあるがの。興味深いことに、猿の妖怪は何故か水に関わりを持つことがあるのじゃ。
ちなみに、妖之佑のヤツじゃが、常田富士夫氏の語りが忘れられないと、今でも感慨にふけっておる。
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参考文献:『桃太郎・舌きり雀・花さか爺』岩波文庫
『妖怪お化け雑学事典』千葉幹夫
『妖怪画談』水木しげる
光前寺の土鈴に添付の解説文
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囲炉裏端へ
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庭に出る
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