河童の三平の感想
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『河童の三平』シリーズは大きく分けて四つあります。
一つは原点である貸本の『河童の三平』(「平」の字は中身が「ハ」の旧字体)。
次に、ぼくらに連載された『カッパの三平』。
そして、少年サンデー連載掲載の『河童の三平』。
最後に、ずーっと後、1990年代に小学一年生に連載された『カッパの三平』。
この四シリーズです。
他に読み切り短編がいくつかありますが、貸本版や連載版とで矛盾を生じていますので、読者めいめいの脳内補正でどれかのシリーズに組み入れたら宜しいかと思います。
以下、それぞれのシリーズごとに感想っぽいものを。
『河童の三平』(貸本版)
例の「バカ社長」と和解したらしく、『墓場鬼太郎』とともに水木サンが兎月書房に復帰しての新作ですね。
原稿料、ちゃんと貰えたのでしょうか?(水木翁の自伝『ボクの一生はゲゲゲの楽園だ』を読むと判る)
山奥のド田舎に住む河原三平という小学一年生の少年が、ふとしたことで河童と同居するハメになり、その経緯でタヌキや死神とも腐れ縁ができていくお話。
封印を解かれた巨大ダヌキが暴れるなど妖怪モノっぽい事件もありますが、基本的には田舎の風景そのものです。フォークロアです。
そのフォークロアには常に「死」がくっついている。三平のお爺さんが死に、お父さんが死に、そして三平も……という物語。
しかしながら、フォークロアということでか、その死に悲壮感を伴わないというのが水木サンの凄さです。人は誰でも死ぬ、ということを淡々と描いた作品。そんな気がします。
物語の最後、三平のふりをしていた河童が故郷に帰る。それを普通に見送る三平の母親とタヌキ。
母親は夫にも息子にも先立たれ、息子の代わりをしてくれていた河童も去り、一人になります。遠からず河原家は途絶えることでしょう。それはもちろん淋しいのですが、なぜか悲壮感はゼロ。実に不思議です。
当初、イタズラ者として動いていたタヌキの存在が、最後になって大きかったということは言えるでしょう。
もしも版元が倒産していなかったら、『三平』がどんな広がりを見せていたのかは気になりますね。
『カッパの三平』(ぼくら版)
貸本版をベースにした、シンプルな作品です。
巨大ダヌキが暴れる、貸本版で言う「大根畠の珍事」までは貸本版とほぼ同じ展開。
そこからは新作エピソードが続き、けっきょく三平は死にません。と言うか、そこまで話が進むことなく連載が終わったのでしょう。こちらでは国体に出てませんからね三平。よって、三平の母親と、境港の水木しげるロードにもいる魔女花子が、ここではまったくの出番無しです。
新作分は「あまのじゃく」と「天狗岩の真珠」。ともに妖怪モノと言えます。
「あまのじゃく」に出てくる妖怪あまのじゃくは、キャラデが『鬼太郎夜話』の「物の怪」であり『ゲゲゲの鬼太郎』の「あまめはぎ」です。この頃の水木サンは妖怪に姿形を与えるのに迷走しておられたのでしょうか?
フォークロアの空気感ゼロで、死の気配もゼロ(お爺さんと父親は死にますが「死んだ」という言葉だけで簡単に済まされる)。
『漫画大全集』の解説によると、意識して子供向けにした結果なのではないかとのことです。だとすると、ぼくらの編集方針に、個人的には疑問を抱きます。
『河童の三平』(少年サンデー版)
原点回帰を目指したのか、プロットを貸本版のものに戻し、「死」を含むフォークロアをしっかり描いた作品です。
そのうえで、ぼくら版のエピソードも取り込み、さらには新作エピソードまで追加した意欲作・集大成と言えます。中でも大作が「ストトントノス大王七つの秘宝」ですね。これは冒険譚としての力作であり、フォークロアとは違いますが、ちゃんと「死」についても描かれています。
この少年サンデー版。
ちくま文庫で読んだとき一箇所、明らかにコマの順番が変なシーンがあることに気づきました。読んでいて違和感を憶え、よくよく見るとキャラの動作・台詞の流れが前後入れ替わってしまっている。
貸本版の同じシーンを読み比べると、少年サンデー版のまちがいがはっきりします。
きっと単行本化する作業でミスがあったのだろう、と思っていたのですが。
今回、漫画大全集を読むと、やはりその箇所はダメなまま。大全集がこれということは雑誌掲載時から、つまり原稿段階でこのコマ割りだったということになります。
似たような現象が『鬼太郎』の「かまぼこ」にもありましたし。当時の水木プロは妖怪いそがしに取り憑かれていたはずなので、チェックを擦り抜けてしまったのかもしれませんね。
当該箇所がどこかは、あえて申しません。ご興味のあるかたは探してみてください♪ 一つだけヒントを言うと、貸本版と少年サンデー版にはあるけど、ぼくら版には無いシーンです。
それにしても、同じプロットから同じコマ割り同じセリフ同じ構図で真っ白な用紙にあらためて何度でも原稿を描く水木サンの根気には感服させられます。
『鬼太郎』や『悪魔くん』でも、やっておられることですからね。
本当に凄い!
『カッパの三平』(小学一年生版)
1990年代の新作ですから、設定をリセットしてのものだと思われます。
そのためか、主人公を河童に変更。冒頭、タヌキの「河原三平というのが行方不明だから、なりすませばいい」という助言を受けて、河原家に河童が入り込んで小学校に通うという大胆な(笑)導入部となりました。
連載誌が小学一年生ですので、一話の分量は掌編並みに短いです。その中で、明るいドタバタ話が続きます。
個人的な意見ですが。
これ、冒頭と最後だけスルーして、『河童の三平』つまり貸本版や少年サンデー版での、三平の死後から小学校の卒業までを「三平」として河原家に居続けた河童の物語として見ることはできると思います。
実際、この作品で河原家周辺に登場するのは河童以外では母親とタヌキと死神です。これは『河童の三平』の終盤と同じキャラ構成です(小人は居らず、カラスにキャスティング変更してますが)。最後、河童を迎えに来た父親も『河童の三平』に出ていた河童の長老そのものですし。
あるいは水木サンも、それを意識しておられたのではないのかな、とすら思います。
ですので私は、この作品を『河童の三平』の終盤を補完してくれるものと解釈しています。
読み切り短編
「山物語 夢のハム工場」
少年サンデーから実に四半世紀、小学一年生版より先に発表された読み切り短編です。
死神が悪巧みをはたらくエピソード。その内容は「ストトントノス大王七つの秘宝」の第二の妖怪に似ています。
三平が河童やタヌキと暮らしており、小人も五人いるので、貸本版でお爺さんと父親が亡くなった後の話と言えそうなのですが……。
ただ劇中、三平の台詞に母親が「亡くなった」ともあって、本来なら三平が先立つはずの内容とで矛盾が生じます。これは三平が猫町に攫われなかった世界線なのでしょうか。
「家の神」
こちらは、小学一年生の連載より後に発表された読み切り短編です。
これまた三平が独りぼっちになってからのお話ですが、河童は出てきません。
孤独のせいで三平が、ひねくれていたと、よーく判ります(笑)。
登場人物
※ 河原三平
この物語の主人公(小学一年生版を除く)。
山奥にある河原家の十三代目で小学一年生。見た目が河童に似ているため小学校で「河童の三平」とからかわれている。
勉強運動ともにダメで、しかもカナヅチ。
一方で、煮炊きや農作業、舟を扱うなど田舎暮らしに必要なことは、ほぼ何でもできる。
お爺さんに育てられ両親の顔を知らずにいた。父親は再会してすぐに死別。母親とも再会直後に三平が死亡する。
家族運に恵まれないが、そもそも小学一年生で死亡するのだから、どう考えても不幸な少年。
河原家代々当主の肖像画がかなり河童っぽいのと、カッパラス博士による触診や、さらにはストトントノス大王の設備の反応からも、三平には河童の血が流れているとも考えられるが、真相は不明。
なお、三平の「人が起こすまで目が覚めないという習性」とは、まちがいなく水木サンのことだと思われる(爆)。
※ 河太郎
副主人公であり、小学一年生版では主役を務める。
河童の長老の息子で、三平と顔が瓜二つなことを利用して人間の文化を盗むべく、スパイとして三平の家へ送り込まれることに。
物語の発端、三平の臍を取り河童の国へ連れ去った張本人なのだが、少年サンデー版ではそこが曖昧になっている。
三平との仲は、それなりで、知人以上友人未満かな。終盤、三平との別れはドライだった。
河太郎は貸本版での名前で、しかもエピローグで唐突に長老からそう呼ばれたのみ。
少年サンデー版では、かん平という名前。
他の版では河童とだけ呼ばれている。
※ たぬ吉
悪戯者で、三平をからかうのを楽しみとするタヌキ。
三平や河童と交流する中で、少しずつ友だちになっていき、最後には三平と親友になる。そのおかげで、三平の母親にとっても頼り甲斐のある身内。
三平の最後の願いを守るために、不真面目な河童を巧みに誘導して小学校卒業まで通わせた。
少年サンデー版ではタヌキとだけ。
小学一年生版ではポン太と呼ばれる。
※ 死神
多くを語る必要のない、水木作品群を股にかけた名優。
寿命が近づいた三平のお爺さんを迎えに来たことから、三平との腐れ縁ができる。
三平のお人好しに付け込んで河原家に居座り、三平だけでなくタヌキや小人の命すら狙う図々しさ強欲さは通常運転♪
お爺さんばかりか父親、三平と続けて地獄に連れ去ったことから、河原家を滅ぼした張本人と言える。
※ 小人
三平の父親が探し当てて保護していた「一寸法師の一族」で絶滅危惧種。
貸本版では十人、ぼくら版と少年サンデー版では三人。
貸本版ではアーモンドに手足が生えたような外見だったが、ぼくら版以降は人型に。ただし、少年サンデー版ではデザインの混乱が見られる。
恩人の息子ということで、いつも危険をおかして三平を助ける。
貸本版では、夜露と蜂蜜が主食とのこと。
※ 河原十兵衛
三平の祖父。
かつては豪農だったであろう河原家の没落を憂い、父親に恵まれなかった三平を不憫に思いつつも厳しく育てた。
寿命を迎えたものの、三平が死神を妨害したことによって少し延び、その間に三平にいろいろと語れたことは、本人にとっても三平にとっても幸いだったはずである(貸本版、少年サンデー版)。
ぼくら版と少年サンデー版では藤兵衛に改名。
※ 河原三太郎
三平の父親。
学者の道に進み「一寸法師の一族」の研究に没頭することで、父親(十兵衛)の期待を意図せず裏切る結果に。
小人を世話するためのお金を本人は実家や親族から借りたつもりだが、十兵衛は詐欺師と考えており、この親子関係は不幸な誤解のまま終わってしまった。
※ お母さん
三平の母親。
夫(三太郎)が行方知れずとなったため、三平が物心つく前に学費を稼ぐ目的で上京、そのまま五年ほど「なしのつぶて」。
花子の尽力もあって再会を果たした三平は、しかしすぐに死んでしまう。
三平の死を知らぬまま独り河原家に戻り、三平のふりをする河太郎や、たぬ吉と暮らす。小学校卒業に合わせて暇乞いをした河太郎に、ある事実を明かす。その後は、たぬ吉に支えられて、静かに暮らしたと思われる。
小学一年生版では、穏やかな外見に似合わぬ意外な豪胆さを披露した。
※ 長老
河童の国の長で、河太郎の父親。
三平に似ているせがれをスパイとして人間社会に送り込む。
河童の国に入り込んでしまった三平を、掟では叩き殺す決まりなのを、誤解で連れ込まれた三平の事情を考慮し、ひとまず生かして様子を見る。「ストトントノス大王七つの秘宝」では、三平が河童の血を受け継いでいるというタヌキの意見を受けて、三平を河童紀元一万年祭に参加させる。などなど、柔軟な思考を持った穏健派と言える。
※ 刑部狸
河原家の大根畠の土中に六百年封印されていた妖怪で、河原家の母屋並みにデカい。
怪力で大喰らいで凶暴だが、頭は良くないらしい。
少年サンデー版では、じぞうダヌキ。
ぼくら版では単に、古だぬき。
※ 妖怪ギツネ
少年サンデー版の第六回と外伝に登場。
死神と組んで三平を亡き者にしようと動くが、要領が悪いのか頭が悪いのか、失敗ばかり。
第六回は、ぼくら版「あまのじゃく」を描き直したもので、あちらで悪さするのはキツネでなく、あまのじゃくだった。
※ 魔女花子
三平が国体出場するために上京したときの宿屋で女中をしていた少女。
少年サンデー版では本人曰く「姓は魔女」とのことだが、貸本版では本物の魔女と思しき描写がある。
死神の罠から三平を助けたり、三平の母親探しに協力したり、路頭に迷った三平母子を自宅に招いたりと、かなり頼りになる。
本編には描かれていないが、三平失踪の後も三平の母親の世話をしてくれたり、帰りの汽車賃を工面してくれたり(母親は無一文)したと思われ、河原家の大恩人である。
これで小学校前というのだから、魔女おそるべし!
※ カッパラス博士
河童の学者。
河童紀元一万年祭にて、河童古代文字を解読、ストトントノス大王の秘宝について皆に説いて聞かせた。
三平を診察し河童の仲間と認めたが、その最大の根拠、三平に臍が無いことが実は、かん平が最初に三平の腹からもぎ取ったままだったというオチがある。なので、その知性にも疑問が(笑)。
※ 鳥
ストトントノス大王の秘宝を求めて旅する三平たちに、面白そうだからと勝手に付いてきた。
口の悪い皮肉屋だが根は良い奴。
※ 無臭老人
屁道を究める屁の大家。
世界ヘリンピックに人間代表として参加する直前に三平と知り合い、三平に身をもって屁道を説いた、謂わば三平の師匠。
※ 山神
「入らずの山」に棲み、生と死の境界を守っている。
戒めを破り入らずの山に侵入してきた人間を罰する役目も担う。同じく侵入者でも動物や妖怪には何もしない。
自らは山神を名乗るが、周囲からは「木神さま」と呼ばれている。
※ お花
墓を掃除してくれたお礼に三平に尽くす幽霊娘。
本人に悪気はないが、幽霊と暮らす生者は生気を失っていく。
そのため三平を助けようとするタヌキ・河童・死神の三人組と対立することに。
※ 村長と校長
セットでいいだろこいつら(笑)。
三平を国体に参加させるべく同行した二人。
ふとしたことが原因で三平が妖怪だと誤解、そのまま都会に放置して二人だけで帰ってしまう。
ところが、その直後の「ふしぎな甕」事件で、犯人が妖怪だったと言う三平を笑い飛ばした。
さらに、神隠しに遭った子供たちを探すべく山狩りした際に河原家に休憩に立ち寄り、居候していた死神の顔に驚いて逃げ出した。
フラフラと主張が二転三転する“常識人”のテンプレを担う二人組ということであろう。
収録本
『河童の三平 貸本まんが復刻版』 角川文庫(全三巻)
「復刻版」と銘打つだけあって、同じシリーズの『墓場鬼太郎』や『惡魔くん』同様、貸本版が完全収録のうえ、カラー頁もそのまま復刻されている。
しかも、お手頃な文庫本。
文句なし。
『水木しげる漫画大全集 055 『ぼくら』版カッパの三平 他』 講談社
「大全集」と銘打つだけあって、ぼくら版の収録は完璧。しかも「他」というオマケ付き。
1990年に発表された新作短編「山物語 夢のハム工場」。
同じく 90年代、小学一年生に連載された『カッパの三平』が全話しかもフルカラー。
そして 2013年発表の「家の神」。
これらも収録されており、解説とともに素晴らしい。
値段が値段なので、厳しい言いかたをすれば、これだけの仕様は当然と言えば当然ではある。
ぼくら版の単行本は現在これだけで、他の本という選択肢が無いのは、いささか不満。
『水木しげる漫画大全集 056 河童の三平 上』 講談社
『水木しげる漫画大全集 057 河童の三平 下』 講談社
少年サンデー版を完全収録した唯一の本。
外伝と短編シリーズも含めて、すべて入っている。
その分、分厚くて、お高かった(汗)。
ちくま文庫は残念ながら、少年サンデー版と呼ぶには不完全すぎる。
本編の第六回を割愛。外伝は無し。短編シリーズも三作のうち「屁道」しか収録されていない。
ちくま文庫の編集氏、もう少し何とかならんかったんですか……?
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