西瓜畑にあったもの


作 妖之佑

 
 
 
 
 それは、戦乱も遠い記憶の彼方となりし泰平の世のことでございます。
 
 
 江戸の外れ、本所の朱引きのあたりに居を構える夫婦がおりましたのでございます。
 野菜の振り売りを生業としております亭主を一太郎、その女房を花子と申しました。
 二人とも、それはそれは働き者で、貧しいながらも幸せに暮らしておりました。
 
 
 ある日のことでございます。
 一太郎が、つまらないいざこざに巻き込まれてしまいました。
 町奴に因縁をつけられ、商いに欠かせない大切な鑑札を取られてしまったのでございます。
 
 
「すまねえ、お花。こんなことになっちまって……」
「気にするこたぁないよ、おまえさん。和尚さまから親分さんに話を通してもらってるんだろ? すぐに取った奴、見つかるさ」
 うなだれる亭主を優しくなぐさめる花子でございます。
 
 
 鑑札が戻るまではすることのない一太郎は、日がな一日をぶらぶらと歩くことが多くなりました。
 
 
 そんなある日の夕暮れでございました。
「そろそろ帰ろうか」
 そうつぶやき、家路に向かう一太郎の背中に――
「もし、旦那さん」
「えっ!?
 思わず声のする方を見ますと、畑の中から、自分を手招きしている姿が目に入ったのでございます。
 お百姓なのでございましょう。日焼けで浅黒い顔じゅうに深いしわをたたえた爺さまでございました。
「俺を呼んだのは、あんたかい?」
 一太郎は警戒しながら言いました。
 このあたりは閑散とした所ですので、用心に越したことはないと思ったのでございます。
「へい、左様で」
 その老人は、ニタニタと笑いながら、そのしわくちゃの手で手招きを続けております。
「こちらに来てみなせ」
「……で、でも、俺は急いで帰らないと…………」
 他に人もいない夕暮れでございます。不安も湧き上がってまいりましょう。
「へっへっへっ」
 そんな一太郎の心を見透かしたかのように、爺さまは笑いました。
「ご安心なすってくだせ。見てのとおりの腰の曲がった老いぼれでさ。旦那さんをどうこうできるものでもありませんわい――西瓜を喰っていただきたくて、それでお声をおかけしたんでさ」
「西瓜?」
 そうして一太郎は気づいたのでございます。今、自分の目の前に広がっている西瓜畑に。
「はー、いつもぼーっと歩いてたんだなぁ、俺は……。立派な西瓜ばかりじゃないか」
 感心しながら、畑に入っていきました。
「でも、悪いが銭なんてないぜ」
「へへっ、売れ残りなんでさ。置いといても仕方ないんで、誰かに喰ってもらおうと思ってたところに、旦那さんが通りかかったと、こういうわけでして」
 言いながら、老人は適当に選んだ西瓜を持っていたナタで二つに割ったのでございます。
「いかがで?」
「いやぁ、真っ赤に熟れてるなぁ――でも本当に銭無しだぜ、俺」
「どうぞどうぞ」
 爺さまに手渡された西瓜に、一太郎は歯を立てました。
「旨い!」
 この世のものとも思えないその味に、無我夢中でしゃぶりつきます。
「たんとありますから、どうぞご存分に」
 そう言って怪しく笑う爺さまでございました。
 
 
「遅いねぇ、あの人」
 煮炊きの火を前にしての繕い仕事の手を止め、花子は顔を上げました。
 外を見れば、すっかり日も暮れております。
「何かあったんじゃないだろうねぇ」
 心配になり、提灯を手に外に出ました。
 しばらく行くと、荒れた土地にさしかかります。
 ――ここって、昔、戦があった所だったわね。
 そう思った時でございました。
 道の脇から妙な音がしたのでございます。
「?」
 何かをしゃぶるような音でございます。
 そっと提灯を向けます。人影がありました。
「あんた!?
 花子の声にその人影がゆっくりと振り返ります。
「ぎゃあっ!」
 花子は提灯を放り出し、ものすごい勢いで逃げ出しました。
 その場には、口を真っ赤に染め、ほうけた顔の一太郎だけが取り残されたのでございます。
 その手に、かじりかけの落ち武者の生首を抱えて……………………。

 
 
 
 


 
 本当なら、この後、一太郎が“西瓜”を求めて花子を手始めに、村から村へ次々と…………。
 てな展開も考えたのですが、やめときました。すぷらったぁは好きではないもので。はい。
 
2002.9.11.

 
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