ポニーティル刑事(デカ)
作 妖之佑
「うっわー、ここが殺人現場ですかァ? あたし初めてー。すっごーい♪」
八畳の居間に入った英里(えり)は、完全にはしゃいでいた。彼女があちこち動くたびに、その黒くしなやかなポニーティルが揺れる。
「おい。遊びじゃないんだぞ」
あとから入ってきた三○手前らしいスーツ姿の人物・雪野(ゆきの)刑事は、そんな「仔馬の尻尾」に目を取られながらも、注意した。
しかし、小言を聴くような耳を、英里は持ち合わせていなかった。相変わらず、現場の見物を続けている。
「わー、本物の死体だー。お婆ちゃんのお葬式以来。すっごーい♪」
無邪気に遺体をつっつく仕草がまた、やけに子供っぽく、柔らかなポニーティルや童顔とも相まって、雪野の趣味を激しく刺激する。
――可愛い…じゃない! 仕事だ仕事!!
「遊んでないで、ガイシャの身許は?」
とっくに判明していることだが、雪野は訊いた。これも新人教育である。
「はーい♪ せんぱーい♪」
明るく返事をして、英里は手帳を開く。
「被害者のォお二人はァ、このお家の住人でェ、望月満(もちづきみつる)さんとォ、奥さんのォあきら子さんでーす。死因はァ、旦那さんはァ、薄ぅい後頭部への打撃でェ、奥さんはァ、窒息でーす」
「理由は?」
「旦那さんの後頭部にィ、おっきな凹みがありまーす。奥さんはァ、お口の周りにィ手形みたく痣がついてまーす。口紅もォ、こすれてまーす」
口調はともかく、新人としては、まあまあであった。が、雪野はそれを口には出さない。
「推測よりも、現場をきちんと調べることだ。――とはいえ、これは簡単だな」
軽く室内を一瞥する雪野。
「不意の夕立に、妻が慌てて洗濯物を取り込んだが、間に合わなかった」
居間の隅に無造作に積まれた少し湿り気味の衣類の山に目をやる雪野。
「しかし、ソファに座ったままの亭主は動こうとはしない。妻の日頃の鬱憤が爆発した。そして行き着くところは夫婦喧嘩がエスカレートした悲劇だ。凶器はそこに転がっている金属バットとキャッチャーミットだ」
雪野は金属バットに鼻を近づける。
「付着している染みは“101”だな。たいして効かないんだな、これ」
自分の広い額に手をやる。
「ミットには紅い染みがある。口紅だろう」
そこで雪野はポケットからラークを取り出し、愛用のルパン三世ジッポーで火を点けた。
「ふっ…………」
紫煙を吐きながら、自分の名推理に酔っているその時――
「あーーーーーーーーーーっっっっ!!」
「がはっごほっげふっ」
いきなりの大声に、むせかえってしまった。
「な…なんだよ。ったくぅ……」
「あたしィ判りました。判っちゃいましたァ」
「へ?」
キョトンとする雪野に構わず、英里は喋る。
「犯人はァ、そのキャッチャーミットとォ、金属バットでぇす」
「はあ?」
ラークを下唇に貼り付かせたままの雪野。
「ご主人にしてもォ、奥さんの口をふさぐのにしてもォ、後ろからじゃなきゃ無理っぽいですゥ。お互いに後ろ向きで喧嘩ですかぁ?」
「た…たしかに……」
そう呟いて、雪野は慌てて首を横に振った。
「待て待てっ。そーゆー問題じゃなく――」
「うん。決定ですねー。犯人はァ、バットとミット! 初仕事、大成功♪」
やはり聴く耳を持たない英里。
やむをえず論理で言いくるめることにした。
「だが動機は何だ? まさかミットやバットが物取りに入ったと言うんじゃないだろう?」
「バッカみたい!」
雪野の言葉を笑い飛ばす英里。先輩を先輩とも思っていない。
「動機はァ、そこの潰れたミカンですよォ」
「ほえ?」
たしかに潰れたミカンが床に落ちている。
「ご夫婦はァ、面白半分にィ、ミカンをボール代わりにふざけたんですよォ。だからァ、ミットとバットが怒っちゃったんですねー」
「……………………」
もはや言葉のない雪野。
「もういい。あとは鑑識に任せて帰るぞ」
不機嫌に言ったその時である。
「チッ! ごまかせると思ったのによ」
「ま、バレちゃあ、しょうがねえな」
振り返る雪野の目の前で、ミットとバットがニヤニヤ笑いながら身を起こしていた。
その凶悪そうな態度を見ながら、混乱の極みに達した雪野の意識は遠のいていったのである。
某企画「三題噺」の主催者さまより、特別にお題をちょうだいしました。「夕立」「ミカン」「キャッチャーミット」です。で、まあ、ノリだけで、五枚を埋めた作品です。
2001.7.9.
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